深海魚の夢~もし、君が生きていたなら~
「…ハルさん?」
電車待ちの列の背後から呼ばれ、聞き覚えのある声に反射的に振り向く。
擦り切れたヴィンテージデニムの腰から重たそうなチェーンを下げ、ゲームショップの袋を脇に抱えた少年が立っていた。
「…ソラくん?」
「あーやっぱり!ハルさんじゃないっすか!こんなとこで会えるなんてマジ運命!」
よっしゃ、今日の俺ツイてる、なんてガッツポーズを決める彼に今度は別の類いの視線を浴びて、ちょっと声大きいから、なんて注意を促しながら列から抜けて最後尾に並び直す。
「偶然だね、一人で来たの?」
「そう!今日発売日だから!」
じゃーん、なんて古典的な効果音付きで手に持っていたゲームショップの袋を見せつけてくるソラくん。
新宿の店で買うと特典がついてー、とはしゃぐ姿に、ふっと心の中のなにかが緩んだ。
頭の中に、カナタの背中が見える。
走馬灯なんていう大袈裟なものではなく、夜の海の淵を照らすテールライトのような仄かなともしび。
思い出が緩やかに決壊して、必死に塞き止めていた涙が次々に両目から溢れ出した。
「…うっ、…うー」
「ハ、ハルさん!?」
まるで子供みたいに泣いた。
カナタからのメールの返信は、きっと明日の朝だろうと思う。
慌てて電話を掛けてくるかもしれないし、案外あっさりと淡白に済ますかもしれない。
昔は手に取るようにカナタの気持ちがわかったのに、今は全くわからない。
その事が悲しいのか、ジュリ達に心配を掛けてしまったのが申し訳なかったのか、私が自分自身に同情しているだけなのか…もう、それすらもわからなかった。
ハルくんが、あんまキレイじゃないけど使ってください、なんてくしゃくしゃのハンカチを差し出す。
そこには一昔前の小学生が見るようなアニメのロゴがプリントされていて、思わず笑ってしまった。