深海魚の夢~もし、君が生きていたなら~
Time-3.「サヨナラ」。
頭ががんがんと石の破片をぶつけるかの如く痛む。
会社のデスクに肘をついて、額に手を当てながら昨夜の失態を思い返した。
斜め前の席に座る嫌味担当のユキミが、体調管理はしっかりしないとね、なんてこっちを見ながら仄めかしてくる。
そんな事もどうでも良かった。
一夜泣き明かして、もう"どうでも良くなった"が正解だ。
朝方に届いたカナタからのメールは予想外なものだった。
『俺、Re:tire辞める』
見た瞬間、頭が真っ白になるのと同時に、何処かで冷静に予測していた自分がいたのかもしれない。
『なんで辞めるの、ジュリ達と話したの』
白けていく朝と私の猜疑心に追い討ちをかけるように、直ぐに返ってきた着信。
『あんなバンドにいても俺は成長できない。前から辞めようと思ってた』
昔のカナタとは真逆の、冷たいメールだった。
驚くのを通り越して愕然とした。
『Re:tireを脱退するとしたら、カナタさんだと思いますよ』──
昨日聞いた言葉が蘇る。
…ユラさんは初めから知っていたのだろうか。
知っていて、話の先回りを?
(…昔のカナタは"あんなバンド"なんて絶対言わなかったのに)
ジュリやズッキーの真剣な気持ちとは大違い。
元々、温度差がありすぎたんだ。
今まで気づけなかった自分にも、悔しかった。
こんなに離れてしまったら、カナタに「Re:tireを辞めないで」なんて言う気にもなれない。
だって、本人にやる気がないのだから仕方がない事だ。
『家に来いよ』
『やり直そう』
LINE、メール、電話…あらゆる手でのカナタからの催促が増えていった。
…付き合っていたこの前までは連絡なんてして来なかった癖に。
(私の中ではもう、終わってるよ)
迷いなくメールや履歴を削除していく。
昨日の夜にあの電話に出ていたら、今まで通りだったかもしれないのに、と空っぽの心で考えた。