深海魚の夢~もし、君が生きていたなら~
「ねーねー、次のルカくん達のライブ、ハルも行くんでしょ?」
「…うん、行こうかなって」
「楽しみねー」
就業後、サクラさんがロッカーでリップを塗り直していた。
普段とは違い、服装も抑え目で、髪も一本縛りで落ち着いている。
…この前、Heavenに行った時の私みたいだ。
そう思いながら見つめていると、今日は地味でしょ、なんて言って笑うサクラさん。
「今日、子供に会うんだ。ママ、って呼んで欲しいから」
旦那の浮気で別れたのに子供まで取られちゃうんだもんねー、と言いながら、世の中厳しいからね、なんて呟いて哀しそうに笑う横顔を見た。
淡いベージュのバッグを取り出してロッカーを閉める仕草もなんだか今日は普段と違っているように見えて、目が合った彼女はウインクをして言った。
「ハルも人生楽しんだほうがいいわよ、独身なんだし私から見たら羨ましい限りなんだから!」
サクラさんは、じゃあね、と肩を叩くと駆け足で出ていった。
サクラの事を快く思っていないユキミが、バツイチ女はモラルがないから嫌だよね、なんて他の同僚に陰口を呟いているのが聞こえる。
…幸せって、なにかな。
考えても答えが出るものではないけれど。
(…みんな、色々あるんだろうな)
溜め息を吐き、帰り支度をする。
最近、面倒見が良かったり、意外に世話焼きのサクラさんの良さにも気づくようになってきた。
そして、以前と違う事と言えば、頻繁にジュリやズッキー、それからソラくんとLINEのやり取りをするようになった事だ。
あの日──Heavenからの帰りに、家まで送り届けてくれたソラくんが私のLINEのIDを盗み見て、勝手に乱入してきたのだ。
バンドやらホストクラブやらの話を酔った私から聞いて、どうやら興味を持ってしまったようだった。