深海魚の夢~もし、君が生きていたなら~


「単なるヴィジュアル系じゃなくて、世界観のあるRe:tire。歌詞やバンド名は"リタイア"してても、生きる事や信じる事、恋愛に対して決して希望を捨てない…。
こんな感じでいこうと思うんだ」


ズッキーの言葉に続いて、ユラさんが真剣な表情で言う。


「俺が前に挫折した音楽の道を絶対にRe:tireで成し遂げたい、やるからにはナンバーワンを獲りたい。

Heavenに入店した時、俺はドン底にいました。でも、こんな自分でもナンバーワンになれた。

だから…一度負けた事のある人間は強くなれるし、誰よりも痛みがわかる。

この事を、僕は伝えたいんです」


ユラさんの一語一句を、噛み締めるようにノートに書き留めた。


『俺はドン底にいました』──

私も、同じ経験を沢山してきた。


学生時代に学校に馴染めなくて、いつも独りぼっちで過ごしていた時、

父親が出て行って、母と二人で毎日が辛くてしんでしまいそうな時。

音楽が、私を救ってくれた。

だから今、結婚よりも、カナタよりも…音楽を選んだんだと思えた。


「…俺も、気持ちわかります」


ガキの頃ずっといじめられてたから、とソラくんの告白。


俺と同じじゃねーか、と驚いたようにジュリが続いた。

みんな似たり寄ったりだね、と楽しそうな顔のズッキー。


「僕も、Heavenに入る前は死のうと思ってたから」


本当に今に感謝してるんだよ、とユラさんは嬉しそうに笑った。

ジュリが、お前クサい事言ってんじゃねーよ、と背中を叩くと、ユラさんはもっと嬉しそうに、幸せそうに、笑った。

俯いた彼が、一瞬泣きそうに見えたのだけれど気のせいだったのだろうか。

胸が痛むような、それでいて穏やかで、儚い色の瞳。

ユラさんのその表情は、まるで──…。




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