深海魚の夢~もし、君が生きていたなら~
ミーティングが終わった午後八時過ぎ、ネオンが点り始めた東京の街。
アスファルトを踏み締める毎に時間は過ぎていって、私の現在が特異なものだとつくづく実感する。
(…カナタと別れる日が来るなんて思ってもみなかったな)
隣を見るとソラくんとジュリがじゃれ合っていて、外灯に照らされて伸びる影がゆらゆらと揺れている。
五年も一緒にいた彼氏との時間も思い出と化して、今この場所、この一分一秒でさえも過ぎ逝く残骸になっていく。
積み重なる年月に出逢いと別れが柔らかく被さり、未来へと繋がる。
カナタの事をまだ払拭しきれないのは、長年いた場所から離れたという違和感からかもしれない。
一生懸命嵌めていたパズルのピースが抜け落ちて、ばらばらになった。
また、最初から作ろう。
新生Re:tireを見ていたら、そんな気になってきた。
立ち止まる交差点。
駅に向かって歩いて、ジュリとユラさん、ズッキーはこれからHeavenで仕事。
ソラくんと私は帰宅するべく別れを告げて、また連絡する、と手を振った。
「早いっすよね、もう一年終わっちゃいますよ」
「まだ十月だよ、気が早い」
いや、あと二ヶ月で正月だし!と力むソラくんに笑って、その前にライブがあるんだからね、と釘を刺す。
そうでした、と頭を掻く姿はやっぱりまだ幼い。
電車を待つ間に、ふと反対側のホームを何気なく見る。
疲れた顔のサラリーマンやOL、立ち話をしながら取り出したリップを塗っている顔黒の女子高生。
これだけ世に人が溢れ返っている中で言葉を交わす確率すら、とても低い。
そんな中で、家も隣同士で、高校生でありながらジュリ達のバンドにまで入ってしまった彼。
(…ソラくんとも縁があるって事なんだな、きっと)