涙を拭いて
手伝い
「なあ、例の手伝い、引き受けてくれるんだろ?」


ある日の深夜、僕が、バイト先のコンビニで品出しをしていると、先に上がったはずの和田先輩が耳打ちしてきた。僕は、私語に厳しい店長が見ていないか、ちらりとレジを確認すると、急いでささやいた。


「仕方ないですね。今度だけですよ。後で、飲みに連れて行ってくれるのを忘れないでくださいよ」


「わかった、わかった。助かったよ、サンキュー」


先輩は、店長に見つからないように、背中を丸めて僕の横から立ち去った。僕は、新商品のお菓子を並べる手を休めて、「例の手伝い」の約束をしたことを少々後悔して、軽くため息をついた。


僕と和田先輩は、大学の研究室が同じで、特に仲がいい。研究室には、心理学を専攻する僕のような学生が所属しているが、僕は大学生活が始まって早々にやる気をなくしてしまい、もっぱらせっせとバイトに精を出していた。今となっては、なぜ心理学部を志望したのかということすら、あやふやだ。


そんな僕が、三回目の長すぎる夏季休暇に入る頃、和田先輩が、ある話を持ちかけてきた。先輩は、このコンビニのバイトと掛け持ちで、もうひとつバイトをしているのだが、そちらのバイトを手伝ってくれる人間を探している、というのだった。それが「例の手伝い」だ。学生有志のカウンセリングルームの受付で、もう明日に迫っているのだだが、先輩は急に卒論の心理実験準備の予定が入った、と言って、僕に泣きついてきた。まあ、そう言う僕も試験前には相当先輩にお世話になったこともあり、いつもは寝ている昼間にその「手伝い」とやらを引き受けてしまった。そして今、人間の生存欲求を忘れていた自分に、いらだちを感じていたのだった。


(仕方ない。今日は、疲れない程度に適当にやって、昼間に備えるか)


僕は、再びお菓子を並べ始めた。深夜のコンビニに、こんなところにやる気のある学生なんて来るもんか、と主張しているような、雑な音が響き続けた。
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