ゆず図書館。*短編集*
3*36度9分 ~同期との関係が変わる瞬間~
「あーっ! もうっ!」
「は? なに、いきなり」
「今日も喜多村(きたむら)さん、カッコ良かった~!」
ドンッ!とグラスをテーブルの上に置き、私はテンション高くテーブルをパタパタパタ!と指で叩く。
「……あー、また始まった。うぜぇのが」
「だって、そう思わない!? 仕事ができて、笑顔も素敵で、おしゃべりも楽しいし、何よりもカッコいいし! そうそう! 今日もね、にこって笑い掛けてもらったんだよー! 羨ましいでしょ!?」
「……あほらし」
テンションが上がって弾丸トークをする私を横目に、ビールをあおりながら呆れたようにハァとため息をつくのは、会社の同期の崎本(さきもと)だ。
今日は週末。
仕事が終わり、週末は家にこもってダラダラとDVDでも観よう計画を立てながら帰っていると、会社のエントランスで崎本とバッタリ出くわした。
会話の流れで飲みに行こうという話になり、私たちはふたり、居酒屋に来ていた。
崎本とは入社した頃から趣味もノリも合って、よく話すし、こうやってふたりで頻繁に飲みに行く仲だ。
“男友達”という言葉がぴったりすぎる関係。
だけど、私はこっそり、崎本のことが好きだったりする。
でもその想いを口にする勇気はなくて、会社の先輩である喜多村さんの名前を出してはしゃいでいる“ふり”をしている。
それは、崎本への想いがバレないようにするためのカモフラージュだ。
私がどんなに喜多村さんのことで騒ごうと崎本は呆れるだけで一切何の反応もない。
紛れもなくそれは、崎本が私のことをただの同期としか思っていない証拠。
もし少しでも脈があるのなら、何かしら反応があるはずだから。
でも私は特別何か行動するわけでもなく、崎本への想いを胸の奥に仕舞って、この心地よい“同期”という関係に満足している。