ゆず図書館。*短編集*
「ちょ待ってっ、駄目だよ! いくら気分が悪いからってその辺で吐いちゃ」
「いいんだよ」
「いやいやいや、良くな……わっ!?」
急に崎本が角を曲がり、それについていけなかった私の足元がふらついたけど、咄嗟に足を踏ん張り何とか耐える。
「ちょちょちょ、どこ行くの、崎本ってば!」
「ここでいい」
「へっ!?」
トンっ、と私の背中に壁が当たるのを感じた瞬間、目の前が暗くなった。
……私の顔の10センチ先に、崎本の顔が現れた。
後ろには壁、前には崎本、左右には崎本の腕があって、私にはどこにも逃げ場所はない。
その近距離と崎本の表情にドクン!と心臓が音をたてる。
「ちょ、さ、崎本……」
「こうされるの、喜多村さんだったら良かったのに、とか思ってんだろ? 悪かったな、俺なんかで」
「ま、待ってよ。崎本ってば、いったいどうしたの」
「どうやったら俺のこと見てくれんの? なぁ。どうやったらその口から喜多村さんの名前が出てこなくなる?」
「……え?」
何、どういうこと?
崎本こそ、何で急に喜多村さんの名前ばかり出してくるの?
「もう我慢できねぇよ。……喜多村さんじゃなくて、俺のことを見ろよ」
「崎本……?」
普段も目力の強い崎本。
今は暗がりのせいか、街灯の光を反射するその瞳の眼光がさらに強く見える。
それこそ、吸い込まれてしまいそうなくらいに。