ゆず図書館。*短編集*
 

「ちょ待ってっ、駄目だよ! いくら気分が悪いからってその辺で吐いちゃ」

「いいんだよ」

「いやいやいや、良くな……わっ!?」


急に崎本が角を曲がり、それについていけなかった私の足元がふらついたけど、咄嗟に足を踏ん張り何とか耐える。


「ちょちょちょ、どこ行くの、崎本ってば!」

「ここでいい」

「へっ!?」


トンっ、と私の背中に壁が当たるのを感じた瞬間、目の前が暗くなった。

……私の顔の10センチ先に、崎本の顔が現れた。

後ろには壁、前には崎本、左右には崎本の腕があって、私にはどこにも逃げ場所はない。

その近距離と崎本の表情にドクン!と心臓が音をたてる。


「ちょ、さ、崎本……」

「こうされるの、喜多村さんだったら良かったのに、とか思ってんだろ? 悪かったな、俺なんかで」

「ま、待ってよ。崎本ってば、いったいどうしたの」

「どうやったら俺のこと見てくれんの? なぁ。どうやったらその口から喜多村さんの名前が出てこなくなる?」

「……え?」


何、どういうこと?

崎本こそ、何で急に喜多村さんの名前ばかり出してくるの?


「もう我慢できねぇよ。……喜多村さんじゃなくて、俺のことを見ろよ」

「崎本……?」


普段も目力の強い崎本。

今は暗がりのせいか、街灯の光を反射するその瞳の眼光がさらに強く見える。

それこそ、吸い込まれてしまいそうなくらいに。

 
< 28 / 32 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop