掌編小説集

434.ムーンストーンの寵愛(彼女目線)

「俺じゃなくたっていい。」





土砂降りの雨の中、うずくまって呟いたのは彼だった。





名家の長男だから、モテるのは家柄だけで政略結婚までさせられて。


だけど、断りきれなかった自分が嫌になったらしい。





「貴女に出会えて良かった。」





思わず口にしていた言葉に、彼はそう笑った。





あれから数ヵ月。



彼との穏やかな時間を楽しみに日々を過ごしていたのに、署内中でモラハラ問題が浮上してしまった。


どうにもそういう面で生理的に受け付けない上司が根絶を宣言して、改革を始めた。





「もう限界なんだ。」





あの日、初めて出会った時のようにずぶ濡れで訪れた彼に私は驚きを隠せなかった。


それはそうなると後からになって思うけれど、今はそんなの構ってられなかった。





「貴女が欲しい。」





そう震える手で抱き締められた。





明くる日の彼は、何だかばつが悪そうに謝ってくれた。





「でも、後悔はしていないから。」





それから、私の顔を真っ直ぐ見て、





「貴女が好きだ。結婚してほしい。妻とは離婚する。家も出る。すべてが終わったら、返事を聞かせてほしい。」





決意めいたものを感じたから、私は自分の第六感を信じることにした。






たとえ、二度と会えなくなっても。




鯨幕の外で見ているしか出来なくても、最期の瞬間に立ち会えなくても、公に出来ない関係でも、後ろ指指されたとしても、それでよかった。


愛の結晶であるこの子がいるから。




思い出が心の中にしかなくても、彼に出会えたという事実は失われない。










『すべてが終わる』





重ねた嘘とねじまがった現実に、受け入れてきた彼への真実に疑問を持った。





数年後のすべてが終わったこの世界で、独りきりで取り残されなくて済んだ。


知らないうちに増えていたツーショットの彼が笑うから。



名実共に、最期まで家族として一緒に居られる。










『貴方に出会えてよかった。』
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