掌編小説集

445.誰そ彼と晒され頭に愛笑う

記憶は、なんて曖昧なものなのでしょうか。










私を連れ出したあの人を、

カッターで私の服を切り裂いたあの人を、

記憶を失うきっかけとなったあの人を、

赤に染まった私とあの人を、

あの人を隠した貴方を、

私はあの人と思い込んだ貴方を、

性格まで変えてあの人を演じる貴方を、

自分の存在が私の中で消滅した貴方を、

全てを覚えている貴方を、

全てを背負ってくれた貴方を、










忘れてしまうなんてね。





ただの悪夢ならどれほど良かったのかな。



夢見るのは貴方なのに、思い出はあの人だった。



覚めない悪夢は単なる現実でしかない。










でも、もう。




貴方はあの人にならなくていい。


貴方は貴方でいい。


私が好きな貴方でいい。







怖かったあの人も、


壊された関係も、


悲しかった気持ちも、


苦しかったあの日も、


貴方がいたから愛せる。










思い出が貴方を変えたなら、

私が貴方を縛るなら、

鮮やかに蘇ったあの日と共に、

夕焼けに染まるこの場所で、
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