掌編小説集

450.婚約者だと口にすることを、僕はもう辞さない。

君は、秘書兼雑用である。



僕の病死した妻や小学生になる子供とも仲良くしていて、ちょっかいをかけても軽くあしらわれるんだけれど。





突然退職したいと言われた時は驚いた。



まあ、やりたいことがある。っていうことだから、応援しようと決めたんだ。






けれど、引き継ぎをしてもらっていたら、君が気を失うように倒れしまった。



医者によると、手術をすれば完治も難しくないのに、君は断固許否しているらしい。




しかも無理矢理退院までして。





けれど僕は迷っている。





迷っていたら、まさかの親友に叱責されてしまった。




妻を取り合った悪友ともいえる奴に。





このままでいいのかと。





渡されたノートには、生前妻と作ったであろうレシピが並んでいて。





渡された手紙には、子供と向き合って欲しいと書かれていて。





託された思いに、迷っていた自分が恥ずかしくなった。








駆け出して君の家に行ったのに、いなくて。




探して探して、探し回って。






ベンチに座る君を見付けた。








幼少時、ネグレクトで、怒鳴られてもいいから側にいて欲しかったのに、事故に遇ってしまって施設育ち。


貯金はあるけれど、薬代ほどにしかならなくて手術代にはならないし、給与のほとんどを施設等に寄付しているから。




やりたいことがあるなんて嘘。




私はもういい。




と諦める君に、僕は。











これ以上失いたくない。結婚して欲しい。








なんて、月並みのことしか言えないけれど。










けれど、君が口を開いた瞬間、吐血してしまって。





救急車を呼んで、緊急手術をしなければならないのに。





医者は、担当医だったらしく。









身寄りもないし、意思を尊重するべきか。






と医者は迷っていた。






けれど、もう僕は。







手術代ぐらい僕が払うから。
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