掌編小説集

552.否定を否定したくて肯定を肯定して欲しくて初めて声を上げた

私を一瞬で仕留められないなど無礼千万
そんな程度の覚悟で同胞に刃を向けるな

碇を影に下ろして息を止められそうなほど
冷たい怒りを湛えた瞳と悲痛で絶望的な声

かけがえないものを失い心に傷を負って
内は今にも無惨に崩れそうに弱っていて
触れることさえ憚られる痛みが轟き渡る


場を和ませられる冗談を口に出来る者も
造作も無く笑い誤魔化せる者もいなくて
緊迫した空間には忽ち沈黙が戻ってきた



傷付いているのは抵抗し続けた事実の裏返し
痛め付けられてもなお気丈に振る舞い続けて
非合理に立ち向かうことを止めなかったのは

見捨てたいなんて思っているはずがない
自分の置かれた立場を考慮して配慮して
理不尽でもそうしなければならなかった
本音は危険な目に遭って欲しくないから
行ってらっしゃいを言いたくはなかった
ただいまなんて返っては来ないのだから


一緒に戦うことが出来なくて
隣に立つことすら出来なくて

命を投げ打つ覚悟があるなら
戦力として価値あるなど詭弁

例え私が乞い願ったとしても
絶対私を殺さないし殺せない

守らねばならない存在だから
私が倒れるわけにはいかない

切り札という名の加護の鳥は
捨て駒にさえなれはしなくて


何食わぬ顔でひょっこり現れるような感覚が沸き起こる度
二度と帰らない事実が襲ってきて強まる不在が決断を迫る

いつまで後ろにある記憶を気にして佇んでいるのかと
いつになったら前を向いてその一歩を踏み出すのかと

痛みや悲しみと引き換えにしても断ち切る為に
自分の中での納得が欲しかったのかもしれない
誰かに背中を押して欲しかったのかもしれない


お前は幸せか?
すべてが終わっても少しも気分が晴れない顔で問われる

唐突になんで?
渦巻いてた疑念が確信に変わり寂しそうな顔で理解した


私がいつの間にか言わなくなった言葉

幸せとか楽しいとか言ったら言ったで
悲しく笑って終いには美味しかったと
ただ言っただけで切なく微笑まれたら
言わなくもなるって分からなかったの


そんなくだらないことで悩んでたの?
くだらなくなんかない俺達にとっては

くだらないと遮ってまで強めにもう一言だけ
馬鹿馬鹿しいことなんだからと意味を込めて



私には貴方達といて不幸になる理由が一切見当たらない



なんて残酷な答え合わせだろうか
結構悔しかった救ってくれた人が
自分達の存在を否み続けるなんて


貴方達がいるから私はここにいていいと思えた
貴方達が守ってくれていたから私は生きている
私の存在が周りの不幸だったかもしれないけど
貴方達がいるなら私は不幸になったりはしない

貴方達の言う通り縛られているかもしれない
けれど取ってくれた手も差し伸べられた手も
握り返してくれた手も鎖じゃなく大事な命綱



周りが悲嘆に浸る中で忸怩たる思いに耽る
泣き叫ぶことすら出来ない自分だからこそ
何色にも咲く事が出来る花のような笑顔で


感情を極限まで抑え込める
盾であり剣でもある貴方達

不満をぶつけられるようになったならば
伝わって欲しかった言葉も漸く届くはず



傍にいて守ってくれてありがとう



当たり前に訪う別れを知っても
それでも一緒にいられる感謝を
< 552 / 664 >

この作品をシェア

pagetop