掌編小説集

555.きっとそれは私が言って欲しかった言葉なのかもしれない

貴方の兄は私の弟を殺せるし
私は貴方を今でも殺せるから

殺さなかったのは弟の為だなんて


私を信じたい気持ちと現実を信じられない気持ち
歪に同居しているのが貴方の全身から読み取れる


真実を後から聞かされるとか
貴方は怒るに決まっていると

これ以上罪を重ねないで欲しいと
罪を知っているからこそ守りたい
言いかけるのを必死で堪えていた

それでも貴方の兄は目の前で泣かれるより
何よりもマシなことだと言ってしまうから

どうにもできないからそれ以上何も聞かなかった
何もしようとしなかったただの臆病者でしかない

生命を心底願われている気持ち
私は死ぬほど分かっているから

いってきますを聞いて見送った私が
ただいまを聞けなくて残された私が


復讐に成功も失敗もない
皆不幸になるだけだと理解していても

失ったモノを求めるなら
代償を払わなければ釣り合わないから

託された一族の誇りなど
本来はどうでもよかったかもしれない

貴方が生きてさえいれば
本当は何でもよかったのかもしれない

請け負ったやるべき事を
それでも諦めることなんて出来なくて


貴方を守る為に一族を壊し謀った
貴方を生かす為に私は生きてきた


貴方を生かした理由なんて
何故殺さなかったかなんて
生きていて欲しいからに決まっている
幼い頃から共に学んだ友達なんだから



騙しきれなくてごめんね

おかえり

生きてくれていてありがとう
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