掌編小説集
569.歴史を動かしたやんごとなき家門と歴史に埋もれた名も無き一門
斥候は前哨戦なはずだった。
『確認に行かせてください。』と直訴されて、『隠密行動を取って確認をするだけ。見付けた時点で報告に帰れ。勝手に戦闘にもつれ込むことは許さない。』と、怖がる余裕はあるだろうと許可を出した。
けれど誰一人として、報告に帰って来ることは無かった。
『世の中を良くしようとすればするほど御上は良くなるけれど、下界の地獄はもぬけの殻で、全ての悪魔は地上にいる。計画を全う遂行する為の不安要素も視界に入ると苛つく悪い人間も全ての視界から排除すれば、必ず理想の国になる。』と、永遠に生きるつもりで夢を抱くように輝いていた顔は、今日死ぬつもりで生きていくように穏やかな顔に変わっていた。
不帰の客になるということに不思議と絶望感が無かったのは、目の前の今しか見ていなかったからだ。振り向いた過去に苦しむことも叶わない未来に怯えることもなく、力に屈してしまったことよりも、己の心に正直に生きることが出来たという実感の方が大きかった。だからこそ、結集軸をぶらさず目的を果たせさえすれば、露と消えることになったとしても吝かではないと、その運命を受け入れられたのだろう。
何事も際限は無いと台詞を歌って、証明している人々の軌跡を語る。昨日今日で出来た溝では無く、歴史があるからこそ厄介な代物。
皆が皆、登りたがって群がるのはまるで猿山。優しさに付け込んだり、利用したり、妬んだり、羨んだり、貶めたり、恨んだり、憧れと尊敬がいつからか嫉妬と憎しみに変わったりする。蹴落とされた奴はそれら全てを後生大事に抱え込んで、登ることの出来た面憎い奴の足を引っ張ることに人生を賭ける。
そして、他人の評価を下げることでこれ以上自分の評価が下がるのを防ぎ、優位性を保ちながら立ち位置も保とうとする。そんなんだからいつまで経っても十把一絡の三流と馬鹿にされる。けれど、見返せもしないから、そう呼ばれるのを一番嫌がって誰よりも気にしている。
支配者と隷属者、優者と劣者、強者と弱者、賢者と愚者、聖人と凡人、富豪と貧民、貴族と平民、使うと使われる人、偉い人と偉くない人。身分という解けない呪いを自ら作りだして刻むのは階級制度。羨望の目で上を見上げ、嘲笑の目で下を見下す。
そして、生き場所も死に場所もくれてやると宣戦布告で解放された悪意が暴れ回り、革命的正義という名の大義名分で粛清を重ねる。俺達が闘争と呼ぶのに奴等は紛争と呼ぶ。
そんな誰の言葉もきかなくなった売国奴から、手懐けた飼い犬に手を噛まれないように守る、梵字の御下命を成さしめる。
「面白くなってきた。」
感情が全くもって込もっていない機械的な笑みを浮かべて、あいつは言った。
全てを振り払う様に倒して潰して叩きのめして、我武者羅に動きながら魔獣を魔銃で撃ち、戦列を支えようと血が流れるのも構わずに、最前線で戦っている。
張り切っていて当たれば本塁打という言い種は、力み過ぎて空振りしそうで一か八かにしか聞こえない。俺はそんなあいつの姿を、同じ前線の特等席で見ていた。
あいつは俺が嫌いだ。
俺もあいつが嫌いだ。
何でかって?
そりゃあ、『未知なる力を発揮して頭角を現す希望云々と呼ばれている俺が気に食わないんだろうが、努力しても俺みたいになれないから、不平や不満でやり過ごすしかない。そんなお前みたいな底辺の人間が、この俺に楯突いていいと思っているのか?』なんて、常々謗り突っ掛かってくるからだ。お前は権力を持った道化師のくせに、俺は自由奔放な王様だってさ。
仲間に諌められて表面上悪くないって感じだけれど、内心ではお互いを下等と見下しながら実は羨ましいとも感じている、なんて相対的な軋轢。屁理屈ばっか並べ立てた児戯なやっかみだと、猫も杓子も言いやがる。
だがな、全くの見当違いで業腹もいいとこだぞ。
俺は知っている。
あいつが苦虫を噛み潰すような顔で『仲間の大切な命を奪って貰ってまで生き続けていても、いつまで経っても立派な人間になんてなれずに、戦場で俺は仲間を守れなかった。俺の責任なのに。守らなきゃならなかったのは俺なのに。』と小さな小さな声で呟いたことを。
努力しても折り合いをつけても我慢を重ねても叶わずに無駄になるのならば、いっその事無かった事にして何もかも考えるのも止めて呑み込まれてしまえと、誘うように広がっていく闇に身を委ねてしまいたい。
そんな風に、さも当たり前のように、全て諦めているあいつに、悲しみにも似た苛立ちを覚えた。悔しかったんだよ、はなから諦めて楽になろうとしまっていたことに。
見透かされた闇に縋って諦める前に、俺でなくていいから仲間に頼れと言いたかった。全部自分が守れるなんて自惚れるなと。自分を責める暇があったら方法を考えろと。手を引いたところで同じ事で苦しむことになるからと。
あいつは希望の名に恥じないように、いつも明るくて笑顔で蛙の面へ水、他人の言葉など意に介さず自信に溢れているように、他の仲間からは見えている。
けれど、上っ面だけを継ぎ接ぎして、睨んで強がったあいつの目付きは餓鬼のまんまで、なけなしの虚勢を張っているだけ。弱味も本音も本性も表には出せないから、張り付けた能面のような作り笑顔の下に押し込めて、隠して誰にも見せない様に、見かけだけの見掛け倒しにならない様に、常に気を張っていた。仮初めの平穏を取り繕い保ちながら、いつもいつまででも恐怖と闘っている。背負っているからこそ余裕が無くて、負けないように尖るしかない。
こうしましょう。
そうしましょう。
こうしてはいけません。
そうしてはいけません。
こうしたほうがいい。
そうしたほうがいい。
悪を批判する側はいつだって正義だから、君は嶄然の光でなければならない。
なんて耳障り良く言われて、気に入られているんじゃない。利用価値が有る使い捨ての道具として、単なる寄辺無が側に置かれ、目的の為だけに教育されているにすぎない。頭ごなしに内側を否定するくせに、見て呉れの外側の期待だけはして、掣肘を加えるだけ加えていく。
出来ないと言わなかったんじゃない、がっかりさせたくないという正しい理由があって言えなかっただけだ。
それ見たことか。
敵を通して己と対峙すれば、すぐに分かることなんだよ。だから胡乱だって、お前は一廉の希望なんかじゃないって言ったろ。
お前は考えるまでもなく弱いんだよ。俺達と同じ三下みたいに弱くて、地味で退屈で面白味の無い、すぐにお役御免なりそうな小さい生き物なんだ。
なにが人類の希望だよ、最終兵器だよ。敵の脅威も味方の驚異も通り越して神がかっている寵児だよ。本当は無能なのを隠す為に、尤もらしい理由が必要だっただけだ。
名のならないんじゃない、あいつの名前が呼ばれなくなっているだけ。いつだって異名で呼んで持ち上げるだけで、あいつ自身は見ちゃくれない。
全部背負って正義面するなんて笑わせるぜ。それじゃただの人身御供じゃねぇか。
俺達と何ら変わらねぇんだよ。変わらねぇから進駐して一緒に戦うんだ。
対応が甘い部分はあったかもしれないが、あいつだけのせいじゃない。根本的なところを間違って守れなかったと、気に病みすぎて失った者ばかりを気にしちゃあいけない。無念とか後悔とか悔しさとかが無い訳でも無い。けれどな、守った者のことを考えるのも大事だろ。どんなことでも目を背けてしまったら、自分で自分を縛り呪い続けることになってしまうんだ。
己にとって都合の良い夢を見ると決めていた餓鬼から、地に足の付いた夢を追いかける大人へと気が変わる。過去に捕らわれることなく断ち切ってじっと耐え、精根を蓄えて見失わないように走り出して叶う夢は、ただの未来だ。
ここにいる理由を思い出せ。
受け止められる器が大きくなるより先に、注がれる鬼胎の速度の方が早くて、喋らずにはいられない程に溢れてしまっても、その脅威だけは聞き流す。
お前は化け物なんかじゃないと、俺は最初から言っていただろ。
何処に行くべきか何をするべきか、ちゃんと分かっているだろう。
深くしゃがみ込むからこそ、高く跳ぶことが出来るんだ。
奇跡を待つより捨て身の一手で、仲間の命ぐらいかけていい。
死ぬまで生きて死んでも生きて、仲間の死を無駄にするな。
命を燃やし尽くしてでも、俺達にはやるべきことがある。
「なぁ、面白くなってきたなぁ。(偉そうな口をきいてこの俺に説教したんだから分かっているんだろうな。)」
「あぁ、面白くなってきたさ。(俺がここまで言ったんだからもう絶対に諦めるなよ。)」
問いかけと交わした副音声。
余裕に見える無慈悲な笑顔は、自分の身を守り相手に躊躇いの隙を見せない武装。奴等なんかに俺達の姿も形も影すらも拝ませるものか。
平定して勝ち鬨をあげる為に、殿も遊軍さえも気勢をあげて、売国奴の斜陽物語を急加速させる。
思国歌で血湧き肉躍って漲り、捲土重来を重畳たりて期す。
『確認に行かせてください。』と直訴されて、『隠密行動を取って確認をするだけ。見付けた時点で報告に帰れ。勝手に戦闘にもつれ込むことは許さない。』と、怖がる余裕はあるだろうと許可を出した。
けれど誰一人として、報告に帰って来ることは無かった。
『世の中を良くしようとすればするほど御上は良くなるけれど、下界の地獄はもぬけの殻で、全ての悪魔は地上にいる。計画を全う遂行する為の不安要素も視界に入ると苛つく悪い人間も全ての視界から排除すれば、必ず理想の国になる。』と、永遠に生きるつもりで夢を抱くように輝いていた顔は、今日死ぬつもりで生きていくように穏やかな顔に変わっていた。
不帰の客になるということに不思議と絶望感が無かったのは、目の前の今しか見ていなかったからだ。振り向いた過去に苦しむことも叶わない未来に怯えることもなく、力に屈してしまったことよりも、己の心に正直に生きることが出来たという実感の方が大きかった。だからこそ、結集軸をぶらさず目的を果たせさえすれば、露と消えることになったとしても吝かではないと、その運命を受け入れられたのだろう。
何事も際限は無いと台詞を歌って、証明している人々の軌跡を語る。昨日今日で出来た溝では無く、歴史があるからこそ厄介な代物。
皆が皆、登りたがって群がるのはまるで猿山。優しさに付け込んだり、利用したり、妬んだり、羨んだり、貶めたり、恨んだり、憧れと尊敬がいつからか嫉妬と憎しみに変わったりする。蹴落とされた奴はそれら全てを後生大事に抱え込んで、登ることの出来た面憎い奴の足を引っ張ることに人生を賭ける。
そして、他人の評価を下げることでこれ以上自分の評価が下がるのを防ぎ、優位性を保ちながら立ち位置も保とうとする。そんなんだからいつまで経っても十把一絡の三流と馬鹿にされる。けれど、見返せもしないから、そう呼ばれるのを一番嫌がって誰よりも気にしている。
支配者と隷属者、優者と劣者、強者と弱者、賢者と愚者、聖人と凡人、富豪と貧民、貴族と平民、使うと使われる人、偉い人と偉くない人。身分という解けない呪いを自ら作りだして刻むのは階級制度。羨望の目で上を見上げ、嘲笑の目で下を見下す。
そして、生き場所も死に場所もくれてやると宣戦布告で解放された悪意が暴れ回り、革命的正義という名の大義名分で粛清を重ねる。俺達が闘争と呼ぶのに奴等は紛争と呼ぶ。
そんな誰の言葉もきかなくなった売国奴から、手懐けた飼い犬に手を噛まれないように守る、梵字の御下命を成さしめる。
「面白くなってきた。」
感情が全くもって込もっていない機械的な笑みを浮かべて、あいつは言った。
全てを振り払う様に倒して潰して叩きのめして、我武者羅に動きながら魔獣を魔銃で撃ち、戦列を支えようと血が流れるのも構わずに、最前線で戦っている。
張り切っていて当たれば本塁打という言い種は、力み過ぎて空振りしそうで一か八かにしか聞こえない。俺はそんなあいつの姿を、同じ前線の特等席で見ていた。
あいつは俺が嫌いだ。
俺もあいつが嫌いだ。
何でかって?
そりゃあ、『未知なる力を発揮して頭角を現す希望云々と呼ばれている俺が気に食わないんだろうが、努力しても俺みたいになれないから、不平や不満でやり過ごすしかない。そんなお前みたいな底辺の人間が、この俺に楯突いていいと思っているのか?』なんて、常々謗り突っ掛かってくるからだ。お前は権力を持った道化師のくせに、俺は自由奔放な王様だってさ。
仲間に諌められて表面上悪くないって感じだけれど、内心ではお互いを下等と見下しながら実は羨ましいとも感じている、なんて相対的な軋轢。屁理屈ばっか並べ立てた児戯なやっかみだと、猫も杓子も言いやがる。
だがな、全くの見当違いで業腹もいいとこだぞ。
俺は知っている。
あいつが苦虫を噛み潰すような顔で『仲間の大切な命を奪って貰ってまで生き続けていても、いつまで経っても立派な人間になんてなれずに、戦場で俺は仲間を守れなかった。俺の責任なのに。守らなきゃならなかったのは俺なのに。』と小さな小さな声で呟いたことを。
努力しても折り合いをつけても我慢を重ねても叶わずに無駄になるのならば、いっその事無かった事にして何もかも考えるのも止めて呑み込まれてしまえと、誘うように広がっていく闇に身を委ねてしまいたい。
そんな風に、さも当たり前のように、全て諦めているあいつに、悲しみにも似た苛立ちを覚えた。悔しかったんだよ、はなから諦めて楽になろうとしまっていたことに。
見透かされた闇に縋って諦める前に、俺でなくていいから仲間に頼れと言いたかった。全部自分が守れるなんて自惚れるなと。自分を責める暇があったら方法を考えろと。手を引いたところで同じ事で苦しむことになるからと。
あいつは希望の名に恥じないように、いつも明るくて笑顔で蛙の面へ水、他人の言葉など意に介さず自信に溢れているように、他の仲間からは見えている。
けれど、上っ面だけを継ぎ接ぎして、睨んで強がったあいつの目付きは餓鬼のまんまで、なけなしの虚勢を張っているだけ。弱味も本音も本性も表には出せないから、張り付けた能面のような作り笑顔の下に押し込めて、隠して誰にも見せない様に、見かけだけの見掛け倒しにならない様に、常に気を張っていた。仮初めの平穏を取り繕い保ちながら、いつもいつまででも恐怖と闘っている。背負っているからこそ余裕が無くて、負けないように尖るしかない。
こうしましょう。
そうしましょう。
こうしてはいけません。
そうしてはいけません。
こうしたほうがいい。
そうしたほうがいい。
悪を批判する側はいつだって正義だから、君は嶄然の光でなければならない。
なんて耳障り良く言われて、気に入られているんじゃない。利用価値が有る使い捨ての道具として、単なる寄辺無が側に置かれ、目的の為だけに教育されているにすぎない。頭ごなしに内側を否定するくせに、見て呉れの外側の期待だけはして、掣肘を加えるだけ加えていく。
出来ないと言わなかったんじゃない、がっかりさせたくないという正しい理由があって言えなかっただけだ。
それ見たことか。
敵を通して己と対峙すれば、すぐに分かることなんだよ。だから胡乱だって、お前は一廉の希望なんかじゃないって言ったろ。
お前は考えるまでもなく弱いんだよ。俺達と同じ三下みたいに弱くて、地味で退屈で面白味の無い、すぐにお役御免なりそうな小さい生き物なんだ。
なにが人類の希望だよ、最終兵器だよ。敵の脅威も味方の驚異も通り越して神がかっている寵児だよ。本当は無能なのを隠す為に、尤もらしい理由が必要だっただけだ。
名のならないんじゃない、あいつの名前が呼ばれなくなっているだけ。いつだって異名で呼んで持ち上げるだけで、あいつ自身は見ちゃくれない。
全部背負って正義面するなんて笑わせるぜ。それじゃただの人身御供じゃねぇか。
俺達と何ら変わらねぇんだよ。変わらねぇから進駐して一緒に戦うんだ。
対応が甘い部分はあったかもしれないが、あいつだけのせいじゃない。根本的なところを間違って守れなかったと、気に病みすぎて失った者ばかりを気にしちゃあいけない。無念とか後悔とか悔しさとかが無い訳でも無い。けれどな、守った者のことを考えるのも大事だろ。どんなことでも目を背けてしまったら、自分で自分を縛り呪い続けることになってしまうんだ。
己にとって都合の良い夢を見ると決めていた餓鬼から、地に足の付いた夢を追いかける大人へと気が変わる。過去に捕らわれることなく断ち切ってじっと耐え、精根を蓄えて見失わないように走り出して叶う夢は、ただの未来だ。
ここにいる理由を思い出せ。
受け止められる器が大きくなるより先に、注がれる鬼胎の速度の方が早くて、喋らずにはいられない程に溢れてしまっても、その脅威だけは聞き流す。
お前は化け物なんかじゃないと、俺は最初から言っていただろ。
何処に行くべきか何をするべきか、ちゃんと分かっているだろう。
深くしゃがみ込むからこそ、高く跳ぶことが出来るんだ。
奇跡を待つより捨て身の一手で、仲間の命ぐらいかけていい。
死ぬまで生きて死んでも生きて、仲間の死を無駄にするな。
命を燃やし尽くしてでも、俺達にはやるべきことがある。
「なぁ、面白くなってきたなぁ。(偉そうな口をきいてこの俺に説教したんだから分かっているんだろうな。)」
「あぁ、面白くなってきたさ。(俺がここまで言ったんだからもう絶対に諦めるなよ。)」
問いかけと交わした副音声。
余裕に見える無慈悲な笑顔は、自分の身を守り相手に躊躇いの隙を見せない武装。奴等なんかに俺達の姿も形も影すらも拝ませるものか。
平定して勝ち鬨をあげる為に、殿も遊軍さえも気勢をあげて、売国奴の斜陽物語を急加速させる。
思国歌で血湧き肉躍って漲り、捲土重来を重畳たりて期す。