掌編小説集

632.彼の間違いを私が草創期‐アドリブ‐へ一夜にして変えてみせよう

飄々としているからか努力を株が上がるどころかラッキーであると変換される
どれだけの悪意に晒されても顔色一つ変えない女を守る必要などないとも思われる
そんなカチコミのウィンザー効果はもう慣れた
相手の了解を得る手立てを考え実行するのは私の仕事ではあるけれど
一分一秒を争うネゴシエーターなんてただのセオドライトのエアセクション
犯罪者と警察の間に入り打ち水‐ローカライズ‐して
トライアスロンの中継ぎ‐ウエイトアンドバランス‐のような
アベニューとストリートのエンルートを確保する一翼を担う中庸‐ローカライザー‐でしかない
今までと勝手の違う捜査に勝手が分からない奴がテイクオフと出張ってくるのだから
それはそれは面白くないだろう
寄って集ってスニークに審議会の真似事は後を絶たない
上層部の思惑と現場の考えはまるで真逆の流派
余習なんて廃れると思っていないから口伝秘伝で箔が付いていた刑事の勘なんて
大暴落して原点回帰せずにエイジングでトレンドは多様性だから今は流行りもしない
しかし犯罪をネットで注文出来る時代になっても忖度が吹鳴されるというのはまるで流行り廃りが無い
まあ視察と称して捜査会議に同席したキャリア様に食事に誘われて
太鼓持ちする課長の援護もあって受けた私も私だけれど





下心丸出しの本音はともかく会食という立派な建前が必要で
会議室で皆の居るところで勝手に断れない制限を設けたお偉いさんのキャリアは勿論腹立たしいが
その提案を何の抵抗もせずにその理不尽さを受け入れて
いつものように正々堂々とすることを諦めている彼女にも俺は本気で腹を立てている
ネゴシエーションの為の情報収集として休みの日は蚤の市を回り会議中でも雑誌を広げ
注意すれば聞いていないようで完璧に聞いているT型人材の彼女
証人保護プログラムを利用してでも父親の敵を打った彼女
訓練‐ゲネプロ‐も無しに無鉄砲かつ水際の盾として向かっていく彼女
偶然出会ったバーで気心知れた仲になったと思ったが彼女はそうではなかったのか
俺を選んで欲しくても彼女が自分で選んだ結果が奴ならば納得出来るかもしれないけれど
しかしながらキャリアでも何でも無いノンキャリアで大したことの無い俺は
奴が華々しく躍り出て動いたのならば所有欲をかきたてられても出番など無い
嫌なら断ればいいのにと思いながらも指をくわえて見ているしかない
駄目だと泣きを見ることが分かったからこそ恋心を認識したと同時に
それは失恋だと理解して逃げる訳ではなく立ち去っただけと言い訳をする





乙な機巧のエキシビションを過ごした和やかなムード
寄る年波には勝てないあとは若いお二人でなんて課長は気を利かせたつもりだろう
爽やかイケメンの部類に入り香ばしくもキモさを感じさせないクサイ台詞だって
とても良くお似合いのこの庄屋‐チェリーボーイ‐のなせる技
思わせ振りな態度に見えるらしく甘酸っぱい青い春
つまり青春的な勘違いを鰻上りにさせてしまう
ドラマの撮影を見ている様なこのミーハーな光景‐シチュエーション‐
悲しいけれど本当の事を言ってくれて嬉しいです
差し支えなければ理由を教えてくださいとイースターのような速さで言われても
お労しさ満開のほんわかキャリア様にはきっと泥臭いだろう
鍵アカならまだしも裏アカだからと油断して炎上
正義感と愉快犯の掛け算で匿名を特定されて身バレ
アカウントを削除したところで閲覧数稼ぎと拡散目的のアンチがどんどん薪を焚べるから
ネットニュースが食いつき更に燃やして加害者が被害者になる飛び火
汚れた水の上に映る煌びやかな影は殊更綺麗に映るだろう
このキラキラは遠くから見ている分には良いけれど
上級国民や高利貸しと同じくくわばらくわばらと関わりたくはない
送っていくという優しさの塊のキャリア様に風に当たり酔いを覚ましたいから歩いて帰ると言って
この関係は手歯止め‐ステイ‐だとお断りをした





行きつけになった彼女との秘密基地のようなバーで今日は一人
528Hzのキュアリングにはならず酸素欠乏症に陥りそう
信じられないし信じてなんかいないいや信じたくないだけだ
意味のない事はしない自然体の彼女がらしくない事をするのは奴に会いたいからかもしれないと
満更では無かったのかもしれないと疑いは持ったけれど割り込むなんて出来ないしどうする事も出来ないから
無関係と言い聞かせるように醜い嫉妬心を手放そうと努力しようと
そうしようとすればするほど手が伸びてやけくそ気味に酒を流し込む
明朗会計であろう奴の失脚‐ズーノーシス‐を心してかかりスリップを狙いたくなってくる
出世コースから外された先輩を追い越して立場が上になっても
人望は先輩には敵わなくて彼女の部署に好意的なこともあって
刑事としての古いプライドと新しいものを受け入れられなくて対立を生んでしまう
野心から彼女に厳しく当たっているように見えているのは分かっているけれど
彼女が彼女の命と引き換えに危険な賭けをネゴシエーションの度にするから致し方ない
亡くした痛みを知っているからこそ他人の命だけではなく彼女自身の命の重さも知って欲しかった
言い過ぎたかもしれないけれど俺が言わなければ誰も言わないいや言えないだろう
ALSライトでしか分からないようなあんな程度で心を乱される程俺は彼女にベタ惚れで大事らしい





オートパイロットのような最新に拒否感を示していて
自分の居場所をレプトスピラ症に侵されたように
顔をしかめ眉を寄せて従来のやり方で何が悪いのかと
不出来で不甲斐ないと視線を向けられていた訳ではなく
ただ俵紋のように真っ直ぐ心配してくれていただけで彼の野心と私への思いが違うと
それが分かるのに少し時間がかかってしまったのは確かに不出来で不甲斐ない
犯罪者を生きて警察が安全に逮捕する為のネゴシエーターだから
守るべき対象‐ダイヤグラム‐に私自身が入っていないことを理解したらしい
気にせず逝けるように助力して先の平穏を守って欲しいとそれが一番容易だからと
予告する敵などいないからここからはご遠慮ください外でお待ちくださいとシャットアウトして
持てる力の全てで他者を守り自分だけフラッと不幸側へ逝こうとする問題児だと苦言を呈され
無事に彼の元に戻り報告を完了するまでが仕事だとも言ってくれた
セラムのような気遣いは然りげ無さすぎて気付かれていないだろう
何故なら心配が歪んで届いているせいで溝が出来てしまっているから
部署内はまとまっていても刑事課や他部署との関係はあまり上手くいっていない
しかし私が居たFBI‐ビュロウ‐や付き合いの長いCIA‐カンパニー‐と違ってここは日本
日本人ではあるけれど日本で育っていないからやり方は手探り状態
実験的に試している最中のネゴシエーションのようなことをすれば
ますます拗れてしまうのではないかと考えている間に更に言えなくなってしまっていた





彼女が泥沼に咲く希望の花であるのは間違いない
彼女をFBIから引き抜いて来た彼女の上司に感謝しかない
だが彼女にとって俺は仲間でもビジネスパートナーでもなく
自分の仕事を懐疑的に見るただただ理解の無い上司だ
ホメオスタシスなど出来ず空き店の恵比須には程遠い
フラフラと泥酔状態なのは自覚がある
バーテンダーにも心配される程には迷惑な酔っ払いと化している
しかし飲まなきゃどうにかなりそうでやってられなかったから
真っ直ぐ家に帰る気も起きずかといって飲み直すほどの気力は無い
いつもとは違う道を通っていたら途中に小さな公園を見付けてベンチに座り込む
見上げた空に月は無く街灯のせいで少し明るく星は見えなくて
好きになるポイントが変わっていると言われるけれども全員魅力的だったのだから仕方がない
元妻は自立していた女性だったけれど自立していたからこそ夫婦でいる必要が無くなった
人に知られてはいけない関係だからバレないように別々に申し込んで不倫旅行‐ヒミツのデート‐
そうかそうだったんだそうだったんだよなんてどうだったんだよと言われることもなく
騙していたことを暴かれた元妻のように行動したら良いのだろうか
彼女の気持ちは変わらなくても彼女への気持ちは変わるかもしれないから
元妻は俺を裏切ったのではなく関係性の為に絞り出した知恵だと今では思える





逮捕するという共通の目的がある為に多少無理を通せる現場の刑事達と違って
ザお偉い様との食事はいつの時も変に緊張する
話題は仕事の話が中心で愛想笑いはしないけれど無言でいる訳にもいかず
将来性や今後の展望など机上の空論になりがちな上層部に実現可能な範囲を模索して指摘するのも疲れる
私の場合ネゴシエーションはあくまで犯罪者と対峙する時の為で常に気を張っているものだから
それ以外の時はスイッチを切っている状態に近い
普段色々言われてもネゴシエーションの時に支障がなければ私としてはまあ問題無い
だからこそ現場の刑事達が不利益を被らないように食事の誘いを受けたのだけれど
やはり慣れないことはするものではないと実感する
いつもとは違う帰り道の静かな住宅街を一人ゆっくりと歩く
酔いが少し覚め始めたと思った頃に見えた小さな公園
見慣れた人が見慣れない場所にいるのを発見する
近付いてみると酔って寝ているようで声をかけても揺さぶっても起きなくて珍しい
しかしこのまま放って置く訳にもいかないから早速行こうとする
そうするとどこへ行く気だと彼の家まで送り届ける以外に無いだろう
質問とその答えが噛み合っていないどこへ行くのかと聞いているのであって聞かなくても分かる私の目的など一言も聞いていない
勢い込んで飛び出そうとするのはいいけれども場所も分からないのに一体どこへ行く気だと
一瞬自問自答して私はピタッと動きを止める
しかしながらそんな心意気が大事だと思うほどにはまだまだ酔っているらしい

一旦深呼吸をして電話を掛けた先は彼の先輩であり刑事課における部下
関わる者が増えてしまうと秘密を守り切る難易度は上がり難しくなる
何故ならその秘密を共有するのが途端に身内ではなくなるから
しかし内々ならば隠蔽も容易いし年下上司になった彼を気にかけている先輩部下なら尚更

住所を教えてもらえませんか
理由は聞かない方がいいか?
できれば
分かった

読みに間違いは無く家まで連れて帰ってベッドに寝かせることが出来た
結構な重労働だったけれどとりあえず無事に済んで良かった
後は掛けた鍵をポストに入れた旨を書き置きすればいい
と考えつつ足元がふらつくのは酔っ払いの介抱のせいだけではない
やはり飲み過ぎたらしい早く帰ろうと思った瞬間手を引っ張られてベッドに組み敷かれてしまった
酔って油断していたとはいえこうも簡単なのは彼だからだろう

俺の方が好きなのに
俺が先に好きになったのに
俺の方が良く知っているのに
あんな奴より俺の方が幸せに出来るのに

気持ちを確かめたいだけだから一回でいいと彼は思うだろうけれど
こんな状況で言っても嘘か本当か分からないから言えない言わない言いたくない
しかしながら考えるのは後にしよう
男は名前を付けて保存で女は上書き保存だと言われるけれど私には上書きするものが無い
この目が据わっている様子では多分覚えていないだろう
記憶を失くしてももしかしたら今まで通りにいかなくても
誤解の嫉妬でもお酒の真実でもなし崩し的にでも私にとって都合が良いのは変わりがないから
止める為に上げかけた手を下ろして私も好きですよと言った
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