掌編小説集

634.固唾を呑む鳳仙花

完全に予想外の言葉を不意に付け足されて
息が止まるかと思うほどに驚いて見上げる私はさながらブリスタリング現象
遠慮がちに頬を撫でていた指先が私の唇を押さえる
それは力なんて大して入っていないしほんのほんの少し触れているだけと分かることは分かる
それでも息をすることさえ躊躇うくらいの熱を感じて
突き刺さるように強くて真剣な目で真っ直ぐ見つめられて
急に鼓動が早くなって顔が一気に熱くなって頭が真っ白になる
言われ慣れてなんかいない口説き文句を言われて平常心で受け流すことなんて出来ずに
動揺して取り乱しても真面目に受け取るしか出来ないのは仕方がないというのは無理だろうか
目が離せなくて息が詰まって今すぐでも逃げ出したいけれど
背中にぴったり当たる壁がそれを許してはくれなくて
けれど私はその熱を返せない返す術を知らない
愛や恋愛感情が分からないから同じ感情を返せない
人には恵まれていると思っているから他人を見る目はあると思うけれど
自分で自分を見る目はないと思っている
こういう時にどうすればいいのかどうしていいのかも分からない
どういう顔で気持ちを受け取れば良いのか分からない
だって自分で自分の気持ちが分からないから
どんな顔をしたらいい?過去一近過ぎるこの距離で
きっと私の顔は強張っているから
それでも君の勇気に対する礼儀‐プロミネンス‐は私の気持ちの正直さだと思っている







君にそういう顔をさせたいわけではなかったから黙っているつもりだった
けれどどこかで笑顔でいてくれればと自分から離れて君から逃げて無かった事にはしたくなかった
しばらくは一方通行でも構わない
いずれ君の気持ちが変わるかもしれない時を待つ度量ぐらいはあるつもりだから
好意を持っているとだけ知って欲しかったから気にせず今まで通りで構わない
惚れた女に振り回されるのが男の幸せとまでは言わないけれど
少しでも君と居たいからその程度負担でも何でもない
けれど今まで通りってどんな感じだったのか分からなくて難しいとばかりに君は困った顔
重たいし気まずくなっているし負担をかけているし
分かってはいたけれど伝えずにはいられなかったズルい奴なのは重々承知している
しかしながら見たことのない表情を見せてくれる
君の花火みたいな様々な反応‐インジケーター‐を間近で見られて嬉しいのは事実
少し踏み込み過ぎたかもしれないし困らせたい訳じゃないけれど
今よりもっと意識はして欲しいとは身勝手ながら思ってしまう
私を意識して動揺して真っ赤になってアタフタしている君は
デフォルメされたキャラクターの如くこの上なく可愛いことを初めて知ったから
そんな君の魅力に気付く輩はごまんといるだろうから
そうなれば私の出る幕なんか即座に無くなってしまうだろう
分からないかどうか試してみるのも一つの手だよ
軽いトーンで言ってはみたものの君にとっては重いだろうか







少し時間をもらえませんか?

傍にいてもいいのだろうか?

このくらいの距離感からお願いしてもいいですか?

腕を軽く伸ばして頬に触れることが出来るこの距離

今までより近くてこれからを考えると遠いかもしれないけれど

それでも良いと出来るだけ優しく目を細めながら小さく笑った
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