掌編小説集

639.扇情的殺文句‐ドストライクトリガー‐

両想いになった途端異動の辞令が出て遠距離になってしまったけれど
いつものように週末には特権の合鍵を使って交代でお互いの家を行き来して
いつものように終電を逃さないように帰ったり帰したりしなくていい安堵感で
いつものように用意した夕食を食べて風呂に入ってリラックスタイムになるはずだった

付き合って初めてのクリスマスだといっても生い立ちから俺も彼女もそこまで興味が無かった
だからこそこの目の前の号外級の光景に対して
目眩がするように視界がグラリと揺れて頭が真っ白になって息を呑んで釘付けになる
心臓がドクンと大きく脈を打って急に鼓動が速くなったのは驚きすぎて動揺したせいかもなんて
そんな言い訳は通じないぐらいに色気がダダ漏れていてゴクリと唾を飲み込む

何も言わずに無言で立ち尽くしていたのが不安になったらしくこうなった原因を口にする
クリスマスとはいっても何をしていいのか分からなくて職場の人達に相談すれば
花形であるサンタクロースの格好なんてどうだろうかと勧められたらしい
趣味の異なる男性陣も満更でもないし嬉しいと言って喜ぶと思うと言って
女性陣はどう関係あるとか理由は問い詰めないひとえにクリスマスという雰囲気が大事だと
同意見と乗っかったのではなくたまたま主張が重なっただけだと言えばいいと
時の支配者を左右する影の実力者のような確信犯‐フルカウントプレゼンツ‐
俺をからかう意味も込められているとも思わずに誘惑しちゃえと嗾けられた感は否めない

心の準備も腹積もりもしていたつもりだったけれどやっぱり恥ずかしいやら唖然とされて悲しいやら
物凄く悩んで一大決心をしたのに迷惑だったかなみたいな顔で気を落とした雰囲気で
やはり似合いませんよねすみません着替えてき・・
彼女が居た堪れなくてくるりと背を向けて立ち去ろうとするから引き寄せて後ろから抱き締める
好きになったその先を考えたことも無かったと言っていた彼女が俺の為に考えてくれた
所謂バックハグであるこれも俺が初めてだと思うと自然とスイッチが入るのは当然
離してくださいともがく彼女も掻っ払うような抵抗はしていなくて本気で嫌がってはいない
俺の気持ちも行動も受け入れてくれているのだから見合わせも取り止めもさせる気は全く無い

俺を誘惑したかったんですか?
いつもより幾分か小さく低めにでも甘くなってしまう声で彼女の耳元で囁く
だってこうやって着てくれたってことはそういう事ですよね
自分の言動の意味をピンポイントで言われて焦る彼女にその理由に気付かないなんて天然ですね
そう言われて喜ぶ人はいませんと気が動転しつつも怒る彼女はやはり斯様に天然だろう
優しくしたいけれどほんのちょっとの意地悪もしたくなって構い倒したくてしょうがない
口元にある耳をはむはむと甘噛みすればジタバタしていたのに俺の腕を掴んだ手にキュッと力が入り
必死に抑えようとしても抑えきれていない声が彼女の口から漏れ聞こえる
それは反則だとそんなのズルいと言いたくなるような可愛過ぎる反応がたまらない
あんまり煽らないでと言っても理性が奪われて溶けて失って正気を保てるはずがない
俺の名前を呼んでいるだけなのに止めないでともっとしてと言われているみたいなASMR
物欲しそうに見えて柄にもなく俺が早くしたくてそう見えたのかもしれないけれど
こんな気持ちで手を出したらきっと手加減なんて出来ないけれどもう無理

彼女をお姫様抱っこでベッドへ包むようにして覆い被さる
すごく可愛いですよと言いながら改めてじっくりと全身を見ようとすれば
瞳を潤ませながら上目遣いに服の裾を引っ張って恥ずかしそうな仕草
褒めているのだからこういう時は堂々としていればいいのにと思う反面
職場では見ない俺にしか見せない顔だと思うと独占欲が満たされると同時に
焦らされているようで誘っているようにしか思えなくなってくる
行動を起こすキッカケも可愛過ぎて誰にも見せたくなくて渡したくなくて
どこか遠くに連れて行って誰も何も俺以外触れられないように閉じ込めておきたくなる
ごめんなさい今夜は優しくしてあげられないかもしれませんと先に謝っておこう
それに死なない‐ニゲナイ‐ように捕まえといてくださいと彼女が言ったのだから
揺るぎない意思ではなく譲らない意志を持って俺は余韻さえも離しはしませんよ
ですから観念して大人しく身を任せてくださいね
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