掌編小説集

642.聞く耳を持たないターニングポイント

先輩と先輩の同期は部署の二大巨頭だ
そんでもって共通言語でディスカッション出来る仲の良さ
ライバルっていうよりお互いの不足を補い合っている黄金比って感じで
付き合っているんじゃないかっていうイヤミス的な噂が流れるほど
本人達は否定しているし先輩の同期は恋人が居る時期もあるから
本気で信じ続ける人はおらず総ツッコミすら起きるからかいの逸話‐ネタ‐になって
今では名を上げる者同士ニコイチの推しのような扱いになっている

一方僕はというと人懐っこさで肉付けした可愛い後輩感を出してはいるものの
フィールドワークの着手からロールプレイも進展無しの動き無しで
プレスリリースのインフレートは白けて寧ろ山彦さえ沈静化
先輩しか見ていないから先輩の同期が何を言っても大して反応しないけれど
先輩が何気無く言う一言の言葉でも一喜一憂して
ウイニングランを連勝しても時には人知れず大ダメージを受けてしまう
反射的に否定の言葉を返すとクスクスと笑われ完全に翻弄されている

単純に家で飲み直しとか良いワインが手に入ったとか
近所からお裾分けをもらったとか手料理をご馳走するとか
手に汗握る映画を見るとか趣味のものを手に入れたとか
ペットを飼って見に来るとか家具の組み立てが分からないから手伝って欲しいとか
家から花火が見えるとかベランダからの夜景が綺麗だからとか
雨に濡れてこのままだと風邪を引いてしまうとかウチが近いからとか
そんなぞんざいな理由や念入りな口実で家に誘うのは男らしくないだろう
若気の至りで情欲‐ガツガツ‐とPRのし過ぎで距離感を間違えて
しつこくて重いと逆に反感を買っては無意味だから
それでも構って欲しくて出来るけれどおっちょこちょいな前途ある若者感
ちょっかいをかけたりイジったりイジられたりノリツッコミしたり
結構上手くいけているはずだけれど頭の中に嫌われるかもという意識が常にあるから
中枢に入り込みたくても大きくは出られずに間合いは測るばかり

シズル感のガチ勢を利用して誘う食事も恒例になってきた
先輩に誘われたからって無理してない?
なんてニコッと気遣ってくれる先輩にますます好きが増す
取引先に先輩の同期が褒められたとご機嫌で
お酒が入っているからかいつもより饒舌に先輩の同期を褒め始める
川上と川下が競るように成績の下位との差はとても小さく上位との差は途轍もなく大きい
それが先輩に対する先輩の同期と僕との力の差みたいにマッチアップで引き立たせて
後輩の自分は対象外だと出来てしまっている距離感を見せ付けられているようで

先輩の涙を止められるのは苦楽を共にしてきた先輩の同期が一番上手いかもしれない
けれども先輩の一番良い笑顔を引き出せるのは一番可愛がられているこの僕だ
先輩の同期が先輩を捨て置いているのならば僕はでっち上げた後輩感を御暇させよう
安売りして年甲斐もない名折れだと陰で言われているのは知っているけれど
寄って集った総出の大盤振る舞いで食い入れると流儀の気が変わった
今すぐに先輩を口説き落としてみせる

先輩の同期の話は止めませんか
他の男の話はしないでくださいよ
先輩は今僕といるんですから
先輩が好きです
後輩じゃなくて男として見て欲しいです
先輩の同期とは付き合ってないんですよね
他に恋人なんていないですよね
先輩の隣に居るのは僕でも良いですよね
僕じゃ駄目ですか?

気付いて欲しいから少し強引になってしまったのかもしれないけれど
ハテナマークが浮かんでいる先輩に積極的に迫ってみる
だけどそんな節操の無い急ピッチで足元が覚束無いのに上手くいくはずがない
先輩はたじろいで僕から距離を取るように後ろへ下がっていく
だから僕はトレンチの距離を埋めるように先輩に近付いていく
過信していた後輩として人となりは分かってもらえているから
それを足掛かりにねだれば例え駄々を捏ねたセールスが過剰でもイケるのだと

すぐに返事がもらえるなんて思っていない
ただ伝えたかった
知って欲しかった
なのになんで逃げるの?
なんで僕を拒否るの?
まるで僕が怖い存在みたい
ディビダークのようにバランスを取ろうとして先輩の背中は壁にぶつかる
先輩が先輩じゃないみたいで底抜けに可愛い先輩を取り戻したくて
手を伸ばしたら思いっきり振り払われて勢い良く倒れ込んで先輩はどこかへ駆け出す
擦り傷の痛みと拒絶のショックが一気に押し寄せるけれども
このまま放ってなんて置けないから兎に角先輩を追い掛けようと走り出した

先輩の姿すら無くて広がる暗闇には車のエンジンの始動音がどこからか響くだけ
連絡手段のスマホは振り払った時に落ちて僕が持っている先輩の鞄の中で
闇雲でもとりあえずもう少し範囲を広げて探そうとしたら衝突音が響き渡る
何故だか気になっていや寧ろ崖っぷちの嫌な予感しかしなくて音のした方へ向かう
見通しの良い小さな交差点で電柱に車が突っ込んで煙を上げている
救急車を呼ぼうとしてクローズアップされ目に映ったのは
道路に血を流して虫の息で横たわっている変わり果てた姿の先輩だった

投げ銭の小物感漂うストーカーのせいで男性不信になって
先輩に興味がない先輩の同期は一緒にいるのが楽だっただけ
幾重にも付けられた傷を必死に塞ごうとしながら生きている最中
振られたんじゃなくて捨てられたんじゃなくて替え玉でもなく対象外でもなく
そもそも引導を渡す対象すら存在していなかった
大丈夫何もしないからなんて
泣きべそをかいて言っても巻き返しを図っても
そんなつもりは全く無かったという誤解は解けなくて
自分で蒔いた種の落とし前すらつけられない
身に染みて喟いたところでもう信じてももらえない
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