掌編小説集

648.藁半紙の欄干

俺は所謂お歴歴の金持ち階級で
御年の父親の威光で暮らしている
チャーターも貸し切りも
容易に出来るけれども
庶民の生活も嗜むということで
一般的な階級の小学校に通っていた

一流階級に誇りを持ち
それ以外の階級を見下す
そんな父親に母親も姉達も迎合する

姉達は年の離れた跡取りの俺に
プレッシャーの矛先から解放されて
金使いは荒いけれど俺のことは放置気味

母親は基本的に父親に付き従い
跡取りを産んでその重圧から解放されたから
甘やかされても愛情は感じない

父親は全ての決定権を委ねられた絶対君主
跡取り教育にも熱心で常に監視状態
自分のように完璧になれと解放されない圧力
手綱は奪われ鎖を譲らされる

父親が動かすベルトコンベアで
母親によってソーティング
姉達の分までコンテナに詰め込まれ
俺の人生はロストバゲージ

勉強も人付き合いもそつなく
それなりに出来たけれど
人の上に立たないと満足しない父親に
根性焼きのやせ我慢にも満たない
反抗すら出来ないストレスが溜まって
イジメるのが彼女だったのはただの偶然
はったりをかましたりして
嫌がる反応が面白かったから

学校全体でせーのと申し合わせて
当然のように全員でもみ消し
学校や教員には寄付金という名の示談金
生徒や保護者には教育費という名の慰謝料
彼女の両親にはそれらにプラスして
多額の口止め料が支払われたから
彼女以外には傷は付かなかった

忙中閑有りと参加した同窓会
小学校卒業以来十何年ぶりの再会だけれども
基本的には変わっていなくて
終始会場は和やかなムードだったけれど
彼女は遠巻きで誰一人話し掛けようとはしない
何故来ているのか分からなかったけれど
運動部で一番の人気者だった奴に
声を掛けられてからは奴の側にくっついている

付き合っている雰囲気でもないのにと
不思議に思っていると女子達のヒソヒソ声が耳に入る
学生時代モテまくって取っ替え引っ替え
女を侍らせて女たらしに成り下がっていたようで
可愛い系でも美人系でもなく化粧っ気も無いのに
存在感があって惹きつけられる彼女で
気を引いて遊ぶことにしたらしい

トイレに出た時にそのことを伝えようと
声を掛ければ至極当然なのだが冷たい態度で
話し始める前にあしらわれそうになる

もたつきながらもちょっと話がと言って
彼女の腕を掴めば離してと言われたけれども
待ってと言っても大人しくしてくれなくて
振り払うように怖がるように
離してと言われたから思わず離してしまった

反動でよろけて咄嗟に庇うなんて反射神経は無くて
結構な勢いで壁に頭がぶつかる音がする
血は出ていなくてもたんこぶぐらいは
出来そうだと予想が付くぐらいに

どうすればと思うのと同時に
人の声が聞こえてきて気が動転して
危惧を伝えることも
怪我の謝罪もせずに
彼女を置き去りに立ち去ってしまった

その後普通に会場に戻っていたから
彼女の姿を見てホッとした

同窓会から何日か経って
町中で奴と彼女が一緒にいるところを見掛け
気になって追い掛けて探すと
人目につかない場所で彼女の服は乱れていて
何を致していたかは一目瞭然の場面

見たことは内緒にしろよ
まあこっちは別に言ってもいいけれど
そっちは昔の事バレたらヤバいだろなんて
笑いながら脅されれば何も言えない

脅迫になっていないのは
告発なんてなっていないのは
彼女の両親が気にしていないからだ
訴えたところで事実無根と言い張れば
その主張がまかり通るから

被害者は彼女なのに
加害者は俺なのに
傍観者には奴も含まれるのに
償う気も無いあってはならない罪だから

彼女のことが奴との関係が気になって
頭から離れなくて歓楽街を彷徨っていれば
何やら男女が言い争う声が聞こえてきて
彼女のことを考えていたからか
その女の声は彼女に似ている気がして
見に行ってみれば正に彼女本人で
奴ではない見たことも無い男に
ラブホテルへ連れ込まれそうになっていて

火事場の馬鹿力並の力を
青筋を立てて発揮出来たのか撃退に成功
通り魔的犯行だったらしく
反撃されることもなく逃げていってホッとした
彼女に声を掛ければ俺を認識したのかしてないのか
安心したように笑って気を失ってしまった

俺ん家に連れて帰るわけにはいかず
かといって彼女の家も知らなくて
仕事帰りっぽい格好だけれども
見回したところでラブホテルしかないから
仕方が無く入ってベッドに寝かせ
誤解されたくもないから距離を取って座る

暫くして目覚めた彼女に状況を説明すれば
お礼と言って自分の服を脱ぎ始めようとするから
待ってそういうつもりじゃないと
慌てて否定すれば距離を詰めてきて
今度は俺の服を脱がそうとするから
引き離して十分に距離を取れば
脱がせたいタイプ?それとも脱ぎたいタイプ?
なんてそんな話はしていないと
全力で拒めばとりあえず止まってくれた

納得はしていないようだけれど
着崩した服を戻してホテル代と言って
彼女はベッドに金を置いた
はした金かもしれないけれど貸し借りは嫌だからと
奴の言っていたイジメのことは言わないから
とも言って一人で出て行ってしまった

いくらなんでも俺が連れ込んだのに
受け取れないから金を返そうと
ラブホテル付近で待ち伏せれば
簡単に会うことが出来た
最寄り駅から家へと帰る近道らしい
返金を固辞する彼女とは目が合わなくて
心なしかふらついていて
聞けば熱がある様子で放っておけなくて

昨日の今日でしかも熱があって
近道とはいえ女でなくても危険な道
家まで送ると無理矢理付いて行く
着けばそれはそれは質素なアパートで
金が無いのが一目で分かる雰囲気

彼女の父親は赤提灯御用達で酒癖が悪い上に
躾と称して性的なものも含めた暴力
彼女の母親は自分が逃れる為に見て見ぬ振りで
日々の鬱屈さの鬱憤を晴らすように散財
常に金欠な彼女の両親にとっては
娘がイジメられたおかげで金が入り渡りに船

彼女の両親はとっくの昔に
荼毘に付されていたけれども
男運が無くて女運も無いに等しくて
学生時代から社会人になった今も
場所が次々と変わるだけでどの時代にも関わらず
ワンストップのワンナイトをギャランティー
男に振り回され女には遠巻きに無視され続ける

恥ずかしがっているだけで
本当は自分のことが好きで
向こうが照れているのだから
こちらから近付いていかなければと
一方的に恋心を募らせてはスキミング

ショルダーハッキングでしゃしゃり出る
鳴り物入りのストーカーには遭うし
美人でも可愛くもないのに何故だかターゲット

駆け込んだ警察に相談したところで
襲われても彼女にも責はあるのではないかと
まともに取り合ってくれた試しがない
食事代やホテル代どころか生活費さえ払わされ
貢がされ続けるから金も無い
それでも死ぬのすら面倒くさくて
ただただ毎日を繰り返している

暴力のスタンプラリーはオールコンプリート
たわわに実った良し悪しを矯正して再建など
公証役場でも決め手に欠けて到底出来やしない
彼女にとっての人間関係はいつの時代も
ゼンマイがフルスロットルのダークパターン

熱に浮かされているからか
質問した訳でも相槌を打った訳でもないけれど
いつもの彼女なら押し黙ってしまうような
彼女の人生を滔滔と話してくれた

昔は彼女のことなんて何とも思わなかった
イジメる対象として常に側にいたから
卒業以降同窓会まで会わなかったけれど
特に会いたいとも何をしているのかとも
微塵も露程も思わなかったのに

彼女が俺のモノではないから?
彼女が俺を見てくれないから?
彼女の側に居るのが俺じゃないから?

守りたいと思ってしまうのに
守ろうとすればするほど逆転現象
薬は飲んで眠ってしまった彼女を
一人残しては帰れなくて
心配になって帰りたくなくて

結局朝まで彼女が目覚めるまで
ベッドの横に居ることしか出来なかったけれど
目覚めてくれてホッとして
彼女の顔からしんどさが少し抜けて
彼女がありがとうと言ってくれたことが
こんなにも嬉しいことだと初めて知った

しかし朝帰りを家族に咎められて
この間のようにフラフラされても困ると
そろそろ結婚して身を固めろと
どこぞのご令嬢との見合いを
勝手にセッティングされてしまった

父親の顔に泥を塗る訳にはいかないから
拙くても今までの傾向と対策を持って
あれこれ手は尽くしてみるけれども
頭の中を占めているのは彼女のことばかり

ご令嬢と彼女をいちいち比べて
彼女だったらどんな反応をしてくれるか
どんな顔をしてくれるか
どんな風に笑ってくれるか

そしてふと気付く
彼女の笑った顔は見たことがない
嫌がる顔も睨んでくる顔も
泣きそうな顔も怒った顔も
悲しそうな顔も諦めた顔も
表情が無くなってしまった顔も
負の感情はたくさん見てきたけれど

そして納得する
誰よりも純水な彼女の周りは
マイナスをもたらす負だらけで
俺が不倶戴天の筆頭だったんだから
そんなのは断トツで当たり前だと

勝手に想って
勝手に思い出して
勝手に落ち込んで

ご令嬢を置き去りに悪酔いして
気付けば彼女のアパートに来ていた
これじゃ俺がストーカーだと自嘲する

酔いが回って玄関の前で座り込んで
彼女に身勝手に会いたくて
迷惑だってことぐらい重々承知だ

好きだけど恋心を自覚したけれど
いつからとかもう思い出せない
お目が高いと自画自賛したいくらい
彼女は俺にとって存在が大きいガンギ車

帰ってきた彼女に声を掛けられる
何故居るのとか
風邪を引くとか
その声がとても優しくて
俺なんかに慈悲深くて

込み上げてきて泣き噦る
ごめん好きずっと好きだった
俺なんかが好きになってごめんなさい
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