掌編小説集

650.えも言えぬ信頼感に無性に快哉を叫びたくなる

仲間を疑って厳格に処分を決めるのが監察官
いや向こうからは仲間とは思われていないだろう
「悪を野放しにしない為に杓子定規ではやっていられない」
けれどそれを許していては信頼が失墜し毀損するから
真面目に職務に当たれば当たるほど
遠巻きにされ敵視され「融通が利かない」とか
いつの間にか友達すら居なくなってしまった

とある事件で秘めたる関係の同性が被害者に
弔い合戦を果たし無事に解決して
ベンチで一人写真を見ながら密やかに偲んでいると
「もしかして恋人?」なんて声を掛けた君
驚いていると「大事な人を見る目だったから」なんて
庁内に年の離れた友達がいるらしく
僕を見掛けたことがあって声を掛けたようで

「上手く慰めるなんて私には出来ないけれど
泣きたい気持ちならもしも泣くのならば
気が済むまで思いっきり泣いた方がいいですよ
泣き止むまで私はここに居ますから」

事件の概要も写真の人物との関係性も
何も聞かずに君は隣に居てくれて
一人も友達が居ないことを愚痴れば
「それなら友達になろう」と軽快に言ってくれた

一人では到底行けなかったケーキバイキングも
一人きりだった趣味のスイーツ巡りも
誰にも言えなかった秘めたる関係の思い出話も
君という友達が一人居ることで
こんなにも華やぐとは思ってもみなかった

君に彼氏が出来た時は喜びと同時に
同業だからこそ全てを話して納得を得て
君との友達を続けることが出来ている

今回君の彼氏が逮捕したのは同業者で
剰え僕と同じ監察官だった
「お前にとっては当たり役だろうけれど
ドリップギリギリのスリルを楽しまなきゃ
こちとら監察官なんて仕事やってられないんだよ」
パワーバランスを考慮しないと間が持たないなど
警察の警察である監察官の風上に置けない

「けれど監察官に友達なんて出来ねぇよ
あの子もお前が監察官だから友達になったんだよ
庁内に元々年の離れたお友達が居て
ご丁寧に彼氏まで刑事なんだから
何かあった時の為の保険代わりだろうよ」

吐き捨てるように言われた言葉が頭を巡る
年の離れた友達の方を監査したことはあるけれど
規則を破って規律を犯して逸脱したのは承知の上と
捜査に口を挟まない君は気にもしていなかった
けれど友達と彼氏は違うだろう

「もし…もしも僕が君の彼氏を
監察することになったらどうしますか?」

「あの人何かやったの?迷惑掛けるようなことを」

「いえ例えばの話です」

「まあ監査されるようなことをしたのだから
当然じゃない?なんで?」

「そのようなことになれば君が複雑かと思いまして」

「複雑?」

「監査する側の僕と監査される側の彼氏
その両方と関わりがある君にとっては
複雑な心境になるのではないかと」

「ラッキー?っていうか超安心かな」

「安心…ですか?(僕が君の友達だから?)」

「担当は指名制じゃないでしょう?
服務規定違反でも事の次第を聞いて公明正大に
決め打ちで腹いせに報復人事なんてせずに
正当な処分を下してくれるから

弁護士だった私の父親の影響もまだあるし
その関連の人達は面倒な人ばっかだし
私も少しは権力者と知り合いだし
他の監察官を知らないけれど
そういうの気にする人は気にすると思うから

私と友達だからとか友達である私の彼氏だからとか
そんな理由で忖度なんてしないでしょ
あの人もそういうの大嫌いだしね」

たまたま友達になった人の職業が警察官なだけ
知り合いや友達もその関係者が増えただけ
図らずも僕の職業が監察官だっただけ

公権力さえも君の前では
形無しになるしかないと思い知った
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