掌編小説集

660.梅の折り枝

帰ろうとしたらフラフラ壁に向かって進んでいく彼女がいて
そのまま壁にぶつかりそうになりそうな彼女を慌てて引き戻す

「危ないですよ」
「ありがとうございます」

お礼を言われたけれど目が合わなくてどこかいつもと様子が違う
顔を覗き込めば顔色が悪く見えて体調も悪そうに見える

「大丈夫ですか?顔色が悪く見えますけど」
「少し暑いだけです解熱剤を飲めば問題ありません」
「解熱剤って…ちょっと触りますよ」

一言断って彼女のおでこや首筋に触れると少しどころではなくとても熱い

「ちょ…かなり熱があるじゃないですか病院に行きましょう」
「病院は説明が出来ないので行きません」

感情が自覚出来ないから説明が出来ないと言う彼女
熱で浮かされている割にやんわりではなくハッキリ断られる

「僕が付いて行きますから説明なら僕がしますから
タクシー捕まえて来るんでここに座って待っていて下さい」

彼女をベンチに誘導して座らせ急いでタクシーを拾って急いで戻る
しかし僕が一緒に行くと言ったからか意外にも従順に待っていてくれた
治療している間にコンビニへ行って買い込んで彼女の家まで送って
緊急時だと言い聞かせて彼女をベッドまで連れて行く

「とりあえず着替えてくださいあと冷蔵庫開けますね色々と買ってきたので」

そのまま寝そうな彼女に着替えを促すと何やらゴソゴソと男性物の部屋着を差し出して

「もう遅いですからシャワー浴びてください着替えはこれしかないんですけど
ご飯もあまりないですけど冷蔵庫とかのを適当に」

「あのそんなことは大丈夫ですからとりあえず着替えてください」

自分より僕の心配をする彼女を宥めて再度着替えを促す

「何か食べれますか?」

着替え終わった彼女に問いかけても僕の心配をするから
堂々巡りにストップをかけて食欲も無さそうなので

「もう寝てください寝たら帰りますから」

寝たらそのまま息をしなくなりそうな気がして
そんなことは無いと思いながらも離れられなくて
苦しそうでも息をして眠った彼女に一安心とホッとしたら
一気に疲労が押し寄せてきて息を吐きながらベッドの下に座り込む

少し部屋を見渡せば彼女のイメージにはないカラフルな部屋と
太っ腹な流れ弾へつんのめるように出馬したセブンスな生活感

きっとあの医者の趣味だ

壊したい愛しているからバラバラに壊れても俺がかき集めてあげるとか
彼女の精神を壊した犯人を逮捕する為に他殺を装って自殺したあの医者
聞屋のインプ稼ぎと組手の踵落としでしっぺ返しとリークしたあの医者
有耶無耶にされた不手際に秘伝奥伝‐ハック‐を彼女に授けたあの医者
彼女に並々ならぬ屈折していて辺鄙でもある愛情を抱いていたあの医者
彼女のフィロスだとコンセプトを突き通した只者ではなかったあの医者
フォーチュン・クッキーを差戻しされたとしてもホット・リーディング
彼女を依り代にして長考をもぎ取ったといっても過言ではないあの医者

公認の舞台裏はつま先立ちの猫の目でも結構毛だらけ猫灰だらけ

彼女の精神はかき集めたとしても英気を養ったとしても
後が無いくらいにきっと元通りになんて戻りはしない
けれども壊れていても僕は構わないと葉擦れの対抗心

いつの間にか幅を利かせてきたアンビバレンスの感傷にどっぷりと浸る
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