掌編小説集
671.カレイドスコープ
夢を見た
なんてことない昔の夢だ
優秀だと言って連れて来られて白衣を着た奴等が俺に実験をさせる
誰もやったことがないことは失敗のしようがないんだとか
失敗かどうかも分からないから繰り返すんだとか
君の全てを知っているのは世界に僕等だけなんだとか
僕等の中の君を永遠にする為に殺したくなるんだとか
気色悪い戯言を聞きながら天狗になる暇もなく
ただムシャクシャする時があったから毎日毎日喧嘩をしていたけれど
もう今はしなくなったのは全て諦めたから
そんでもって何の実験かももう忘れた
どんな理由でもどんな実験でも
俺がやらされるのだから考えるだけ無駄だ
夢を見る
何度も何度も同じ夢
研究所だか研究者だかを壊滅させたのは
モルモットにされていた実験対象の大元の誰かさんらしい
その大元の誰かさんは俺にも怒りを向けて今ここで絶賛入院生活というわけだが
別に罪悪感も謝罪も必要ない
ただ無になっただけだ
なのに
夢を見てしまう
何度も何度も白衣を着た奴等との実験風景
息が苦しくてぼんやり目を開ける
空気が澄んでいてまた夢かと視線を彷徨わせたら
目の端に白衣が居て
驚いて反射的に能力で吹き飛ばしたら壁に何かが打ちつける音がした
胸を抑えて荒く呼吸していると
物音を聞いたのかドタバタと駆け込んで来たのは
見舞いに来たらしい実験対象の最終個体と保護者を自称する警察官
落ち着けと言われても取り乱してはいない
ここまでになるまでに何で何も言ってくれなかったとか
自分達には言う必要が無いからかとか
怒鳴り声がやけに遠くに聞こえる
最終個体は俺を見てオロオロとしているが
警察官は壁に吹っ飛ばした何かに声をかけている
「ああ、大丈夫ですよ。大きな物音でびっくりさせて申し訳ありませんね。」
立ち上がったのは俺の主治医
点滴台と一緒に吹っ飛ばしてしまったのは白衣を着た俺の主治医だったらしい
「脈を測りたいのだけれど、いい?」
なんともなさそうに近付いて来てしゃがんで俺の脈を測る
「まだ落ち着かないか。嫌な夢でも見た?」
淡々としているけれど目線を合わせてゆっくり問いかける声に
答えることは出来ないけれど次第に呼吸が落ち着いてくる
騒ぎを聞きつけて他の看護師達もやって来た
「イルリガードル台の交換と診察の予定変更をお願いできますか。流石に利き腕が骨折していたら外来の診察は出来ないので。」
至極問題無さそうに軽めのトーンで言う俺の主治医
確かに利き腕はダランとしていて力が入っていないように見える
脈を測る時も点滴台を動かそうとしている今も
利き腕とは逆の方しか動かしていない
俺が吹っ飛ばしてしまった時に腕が壁と点滴台に挟まれてしまったようだ
「ごめん。」
「ん?ああ、予備ならあるから気にしなくていいよ。」
「そ、それもそうだけど、それだけじゃなくて・・・」
「ん?」
「腕、ごめん、俺・・・」
悪いことをしたと思った
点滴台を壊したことも骨折させてしまったことも
けれどどうすればいいのか分からない
目が見れなくて俯いて握った手の震えが全身に伝わって
ごめんと繰り返すことしか出来ない
「何を怖がっているのか分からないけれど、ここは安全な場所だよ。」
しゃがんで言い聞かせるように
「治療して元気になる場所だから。」
優しく頭を撫でる
「怖いことはない。」
いつも無表情で小さいガキに対してしか笑わない
俺の主治医の優しく笑った顔を初めて見た
「医者って自分で自分を治せないのが難点ですね。
でも大先生はとても凄い先生なので大丈夫ですよ。
医者の不養生ですね、気を付けます。」
外来の診察に来たガキ連中にそう言って笑いかける主治医は
師匠的な先輩である大先生を得意気に自慢する主治医は
俺の主治医だ
どこまでドライブしてもブレーキ痕を付けてもベイエリアをレーシング
焼き入れで奥行きのある合金にならされた俺の性質は変わらないだろう
最終個体を守ろうとは決めたけれどそのやり方に違いはあまりない
最強の最恐じゃなくなっても俺の主治医は俺の主治医だ
いや最強の最恐じゃなくなったからこそ俺の主治医になったんだけど
夢は見る
同じ夢だ
けれどこれはもう夢だと夢の中で思える
この夢は過去だ
消せない過去だけれど
夢‐ここ‐には俺の主治医が居ないから
捕らわれて囚われる必要はない
取られたくない大事なものが出来て初めて命というものに執着が生まれた
行ってらっしゃいとまた戻って来るよなと見送るだけだったのに
行ってきますと待っているからと見送られるのも何だか良いもので
俺の主治医から俺だけの主治医になって欲しいと言ったら
どんな顔をするのだろうか受け入れてくれるのだろうか
そんなことを考えられるようになれたのは現実‐ここ‐に俺の主治医が居るから
なんてことない昔の夢だ
優秀だと言って連れて来られて白衣を着た奴等が俺に実験をさせる
誰もやったことがないことは失敗のしようがないんだとか
失敗かどうかも分からないから繰り返すんだとか
君の全てを知っているのは世界に僕等だけなんだとか
僕等の中の君を永遠にする為に殺したくなるんだとか
気色悪い戯言を聞きながら天狗になる暇もなく
ただムシャクシャする時があったから毎日毎日喧嘩をしていたけれど
もう今はしなくなったのは全て諦めたから
そんでもって何の実験かももう忘れた
どんな理由でもどんな実験でも
俺がやらされるのだから考えるだけ無駄だ
夢を見る
何度も何度も同じ夢
研究所だか研究者だかを壊滅させたのは
モルモットにされていた実験対象の大元の誰かさんらしい
その大元の誰かさんは俺にも怒りを向けて今ここで絶賛入院生活というわけだが
別に罪悪感も謝罪も必要ない
ただ無になっただけだ
なのに
夢を見てしまう
何度も何度も白衣を着た奴等との実験風景
息が苦しくてぼんやり目を開ける
空気が澄んでいてまた夢かと視線を彷徨わせたら
目の端に白衣が居て
驚いて反射的に能力で吹き飛ばしたら壁に何かが打ちつける音がした
胸を抑えて荒く呼吸していると
物音を聞いたのかドタバタと駆け込んで来たのは
見舞いに来たらしい実験対象の最終個体と保護者を自称する警察官
落ち着けと言われても取り乱してはいない
ここまでになるまでに何で何も言ってくれなかったとか
自分達には言う必要が無いからかとか
怒鳴り声がやけに遠くに聞こえる
最終個体は俺を見てオロオロとしているが
警察官は壁に吹っ飛ばした何かに声をかけている
「ああ、大丈夫ですよ。大きな物音でびっくりさせて申し訳ありませんね。」
立ち上がったのは俺の主治医
点滴台と一緒に吹っ飛ばしてしまったのは白衣を着た俺の主治医だったらしい
「脈を測りたいのだけれど、いい?」
なんともなさそうに近付いて来てしゃがんで俺の脈を測る
「まだ落ち着かないか。嫌な夢でも見た?」
淡々としているけれど目線を合わせてゆっくり問いかける声に
答えることは出来ないけれど次第に呼吸が落ち着いてくる
騒ぎを聞きつけて他の看護師達もやって来た
「イルリガードル台の交換と診察の予定変更をお願いできますか。流石に利き腕が骨折していたら外来の診察は出来ないので。」
至極問題無さそうに軽めのトーンで言う俺の主治医
確かに利き腕はダランとしていて力が入っていないように見える
脈を測る時も点滴台を動かそうとしている今も
利き腕とは逆の方しか動かしていない
俺が吹っ飛ばしてしまった時に腕が壁と点滴台に挟まれてしまったようだ
「ごめん。」
「ん?ああ、予備ならあるから気にしなくていいよ。」
「そ、それもそうだけど、それだけじゃなくて・・・」
「ん?」
「腕、ごめん、俺・・・」
悪いことをしたと思った
点滴台を壊したことも骨折させてしまったことも
けれどどうすればいいのか分からない
目が見れなくて俯いて握った手の震えが全身に伝わって
ごめんと繰り返すことしか出来ない
「何を怖がっているのか分からないけれど、ここは安全な場所だよ。」
しゃがんで言い聞かせるように
「治療して元気になる場所だから。」
優しく頭を撫でる
「怖いことはない。」
いつも無表情で小さいガキに対してしか笑わない
俺の主治医の優しく笑った顔を初めて見た
「医者って自分で自分を治せないのが難点ですね。
でも大先生はとても凄い先生なので大丈夫ですよ。
医者の不養生ですね、気を付けます。」
外来の診察に来たガキ連中にそう言って笑いかける主治医は
師匠的な先輩である大先生を得意気に自慢する主治医は
俺の主治医だ
どこまでドライブしてもブレーキ痕を付けてもベイエリアをレーシング
焼き入れで奥行きのある合金にならされた俺の性質は変わらないだろう
最終個体を守ろうとは決めたけれどそのやり方に違いはあまりない
最強の最恐じゃなくなっても俺の主治医は俺の主治医だ
いや最強の最恐じゃなくなったからこそ俺の主治医になったんだけど
夢は見る
同じ夢だ
けれどこれはもう夢だと夢の中で思える
この夢は過去だ
消せない過去だけれど
夢‐ここ‐には俺の主治医が居ないから
捕らわれて囚われる必要はない
取られたくない大事なものが出来て初めて命というものに執着が生まれた
行ってらっしゃいとまた戻って来るよなと見送るだけだったのに
行ってきますと待っているからと見送られるのも何だか良いもので
俺の主治医から俺だけの主治医になって欲しいと言ったら
どんな顔をするのだろうか受け入れてくれるのだろうか
そんなことを考えられるようになれたのは現実‐ここ‐に俺の主治医が居るから