掌編小説集

677.ししおどしの雨宿り

猫なで声で俺しかいないとか甘い声で助かるとか、あの手この手の熱狂的な密命の千三つ、良き頃合いに事あるごとの手拍子、有り余る王道パターンのよくできた話。

いつでも相談してとニュートラルな立場で出向き、やっかみも流線型で優雅に、洒落臭く声を掛けて、勇ましく自腹を切って就任、いそいそと引き受けてしまうグレートな雑務。

大漁旗で落ち合い、建て付けを通り過ぎ、ひと煮立ちで渡り歩き、集大成もお目通しも鎹、連結した話の流れで、無造作に渡り合う、トンネル微気圧波の空気鉄砲は、兵(つわもの)の士気。

ゴッドハンド並に頼られているっていうよりは、いいように利用されて使われていることは、ショボい俺の頭であっても手に取るように、負けが込んだ見込み違いであると、いくらなんでも分かりきっている。

けれども、男たるもの女の子のお願いならば何事も謹んで受けて、鉢巻巻いて稼働を躍動して、約束を果たすのが鉄則であり、表彰ものの名場面のスピーチが出鱈目でも、きゃあきゃあ言われて悪い気はしない。

そんな下心見え見えの場面を彼女に確と見られているとも知らず、同僚がデレデレ鼻の下を伸ばしてと怒り心頭の鬼の形相で、ぐうの音も出ないコテンパンな苦情を言っても、頼られているのは良いことだと、人間関係を円滑にするのは大事なことだと、本人が楽しそうなのだからいいのだと、俺の経歴に傷を付けないように、彼女が宥めていたことも知らないまま。

五十日(ごとうび)に踏ん切りをしようとするのっけから、いっちょかみのタスクシェアを起点として、破局することなく伐採してもすぐに投入されて復縁の門出、ちょっぴりどころか壮大に膨れ上がる、体感的にも広範囲なムーブメントで、行きがかり上もサービスも含めた、世も末な残業。

そんな時に限って部署の都合上いつも俺より残業が多い彼女が早上がり、送られてきたメールに気付かないまま、彼女は待っていてくれたのかうたた寝をして、真心を込め腕に縒りを掛けてくれた、俺の好物ばかりの料理は冷めきっていて。

風邪を引くといけないからと起こして謝れば、そんなことは構わないから食事か風呂かと聞いてくれて、優しくスローインしてくれる彼女に、それ以上言えなくなって、無下に出来なくて、食べるとしか言えなかった。

家宅捜索の応援とか、在宅起訴の裏取りとか、違法水商売の摘発とか、デジタルタトゥーの保全とか、有識者風情の仲裁とか、オンエアのリハーサルとか、虐待サバイバーのすり合わせとか、経済効果の試みとか、世紀の大発見の汚染とか、反乱分子の身の潔白とか、射掛けたルーキーへのご祝儀とか、閻魔帳の深堀りとか、けちょんけちょんなトップニュースの倹約とか、企業秘密の遮蔽措置とか、御霊信仰の史料探しとか、悪どい拠点の内偵とか、廃墟化した別荘の封鎖とか、チェックインの延期とか、不届き者を削ぎ落とすとか、コテージを彷徨く奴の阻止とか、仇討ちする間取りのベッドメイキングとか、討ち入りの解任とか、ブランドの名刀が怨霊になってしまったという相談とか、秘境の警備とか、駐在の赴任とか、プレ体験の滞在とか、武力行使の無力化とか、抵当の清算とか、トライアルの訪問とか、邸宅への案内とか、古文書の抜粋とか、特需の図面を描くとか、経費精算の下地とか、スタジアムの忘れ物をフロントに届けるとか、天下分け目の戦いの両成敗とか、縁起を担ぐテーマを決めるとか、里帰りする要人の警護とか、ハプニングの応急処置とか、押収品の整理とか。

彼女と付き合う前からの八方美人ぶりは相変わらずで、俺のネイティブな日課みたいなもので、彼女を待たせてしまっても何も言わないから、言われないから、あるがままのナチュラルな俺の肩を持ってくれていると、勝手に思い込んで毒されていた。

そんなことが三度(みたび)続けば、こまめな連絡を取り合っていたのに、メールのやり取りは徐々に続かなくなって、それでも彼女は拗らせずに、俺の帰りを待っていてくれた。

ある日、帰れば食事の支度がしてあって、仕事が入ったからと置き手紙がおいてあって、夜郎自大に染み渡る冷たい静寂と温かい食事、その挟み撃ちは堪ったもんじゃない。

有難味に浸っていれば、そこからはお互いに忙しくなって、俺の方が落ち着いても彼女の方は忙しいままで、仕事柄こんなスムーズに経過が順調なのは珍しいのに、今まで以上にすれ違って法雨の刃紋が毟り取られていく。

そのせいでただでさえ短い彼女との時間が、めっきりくっきり減っていることに、部屋に明かりの付いている回数が負け越していることに、彼女と会えない寂しさに今更ながら気付いて。

加速度的に後味の悪い、成れの果てに成り果てたくはないから。

気が早いかもしれないけれど、いつもの河岸に誘うよりはリフレッシュとリラックスを兼ねて、二人三脚の一石二鳥に出掛けようと、彼女の非番に合わせて休みを取って、寝坊しないようにと準備を整える。

そして待ち焦がれた非番の日、久々に会えた彼女とのデートに俺は浮かれていて、ランキング上位の名物を食べ、ギャラリーを回り、出店で目利きを楽しみ、逸材のライブペインティングを鑑賞、湖畔からの眺望を堪能、鉦でバラードを奏で、逸品のティータイムと、立て続けのアウトプットは左手法の多彩な爆走。

煽りを受けさせてしまった彼女との時間の空白を埋めるかのように、熾烈な還元‐カムバック‐を滑り込ませても、特殊な生業だから丈夫だと、サドンデスの警報‐タイムアウト‐を感知しても、オールインした最終コーナーさえ、通例としてシカトしてしまったようで。

要は彼女が疲れていることに、具合が悪いことに、すってんてんと倒れるまで、気付かなかった、気付けなかった、服毒させてしまった過労の輪郭に、気付きたくなかったのかもしれない。

何で言ってくれなかったのと言えば、頼られるのはいいけれど残業はセーブしないととか、俺がデートを楽しみにしているからとか、裸一貫さえ爪弾きにして全体像をクリアにしたところで、その配合は俺のことばかり。

戦斧でのっこみのあの子達にとっては、俺なんて満場一致で逆転サヨナラを狙える、大勢の中の一人でしかないけれども、腹心の片腕のように圧勝で、俺にとっては代わりがいない、誰の代わりでもない彼女だから。

危殆に瀕する彼女の譜面のコンプライアンスは、俺が然る可き可変をして自決すればいいから、ここが天王山と発奮してトライ、ロータス効果のミックスを狙った、彼女の加湿器‐スタイリスト‐になろう。

今度からはちゃんと彼女のことを見るよと言えば、特に変わり映えしないし今更見るところなんてないと、なんて可愛いことを言ってくれるけれど、俺がしっかりと丹念に見なければならないのは、容姿でも体面でもなくて、ハザードに敬礼してしまうような体調だ。

どこにもいかせないから、彼女を死に追いやるスベテノモノを取り除き、郭清する為に闘い続ける。

お詫びにといってはなんだが何でも言ってと言ったら、視線を彷徨わせ少しの間の後、手を繋ぎたいと言われて、繋いではみたけれどもなんだか違う気がして、本当に何でも言ってともう一度言えば、今度はそのまま動かないでと言われて。

ソファーに座ったまま固まって成り行きを見守っていたら、膝に跨るようにして座ってそのまま抱き締められた。

顔が近すぎて照れくさい上に、この体勢はそうでなくとも理性が揺らいで、か細い糸がプツンと切れてしまいそうになるから、ラストストローを腐敗させないように、ガッチリと団結させてバッチリと化粧直し。

抱き締め返していいものか分からなかったけれど、取り敢えず包み込むようにすれば、あったかいと言って暫くしたらそのまま寝てしまった。

手は冷たくなかったけれども寒かったのかとか、そりゃ生きているのだから温かいだろうとか、思ったところで気付く、というかこんな簡単なことにも気付かなかった。

直々に身につまされる動きを止めた心電計は、御神木を以ってしてもはみ出してしまって、ストレッチャーさえ時差無く差し強る。

彼女の周りを経由する巡り合せは、寸分違わず冷たいだらけだったことに、成仏出来なくてももう体温さえ持ち去られて無いから、寄る辺無く命拾いして生長らえてきた、ヌードな心の筥にお悔やみだけが残って逝く。

押っ被さる殺伐は次元を超えて、粋がる発狂は未公開のラベリングで、厳正に一線を画してきた彼女が欲しいモノは、金でも物でも地位でも名誉でもない。

ギョッとするような、魂消るような、度肝を抜くような、鳥肌が立つような、バチバチとしてドスの効いた、そんな硬質なモノではない。

彼女の望みが命だったことに、生きていて欲しかったことに、風通しの良い吹き抜けで、泣く泣く手元に残るのは、天邪鬼に屈曲した存生。

彼女自らインストにした彼女の本望は、傍らに共存共栄する人のぬくもりだけ。
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