優しい君に恋をして【完】
お母さんはそう言うと、涙をこぼして、
膝から崩れ落ちた。
私はカウンターを回って、
中に入ると、
お母さんのそばにしゃがみこんだ。
濡れたままのお母さんの手を、
キッチンのタオルで、そっと拭いてあげると、
「ごめんね......あすか
ごめんね......」と、何度も謝りだした。
お母さんは、優の耳のことで、
反対しているわけではなかったんだ。
優が良い人だということ、
優しい人だということをわかってくれている。
十分すぎるほど、
苦しいほど......
じゃあ、どうして......
「お母さんが、全部いけないの。
あすかは、何も悪くないのに......
あの子は何も悪くないのに......
お母さんが、全部悪いの。
ごめんね......ごめんねあすか......」
泣きながら謝り続けるお母さんの、背中をさすった。
何をそんなに謝っているんだろうと思った。
付き合うことを反対したこと?
優にきつい言葉を浴びせたこと?
私の言葉をずっと無視してきたこと?
それとも、何か他に......
でも、もうそんなのどうでもいいと思った。
付き合うことを許してくれるなら、
もう、そんなことはどうでもいい。
「お母さん、優と付き合うこと、許してくれる?」
お母さんは、目を真っ赤にして、私の顔を見た。
「それは、お母さんが決められることじゃないから。
もう少し待って。
お母さんちゃんと......ちゃんとけじめをつけてくるから」
けじめ?
「どう言う意味?けじめって......」
お母さんは、タオルで顔を覆った。
「それは、言えないの。
ごめんね、あすか......」
お母さんはまた、謝り続けた。
お母さんが落ち着くまで、ずっと背中をさするしかなかった。
けじめ
言えない
お母さんの中で、私の知らない何かがあると思ったけど、
言えないというなら、これ以上聞けないと思った。
とにかく、もう少し待ってというお母さんの言葉を信じて、
その通り、待つしかないと、
いつまでも泣いているお母さんの背中をさすりながら、
そう思った。