優しい君に恋をして【完】
それから毎日、その人が目の前に座るのが、
楽しみでしかたなかった。
いつしか、本を読むためよりも、
その人に会うために、図書館に通うようになっていた。
何年生だろう、名前はなんていうんだろう......
毎日毎日、本の上から見つめていた。
毎日毎日、ドキドキしていた。
ある日、ふとその人が、ノートを閉じて立ち上がり、
本棚の方に本を探しに行った。
ノートに名前が書いてある。
でも、ここからはよく見えなくて、
私は立ち上がって、机を周り、
その人が座っていたところまで行って、
ゆっくりと歩きながら、横目でノートに書いてある名前を見た。
【成海 駿】
成海......くん
私は、心の中で何度も何度も呼んでみた。
その日は、名前を知っただけなのに、
少し近づけた気がして、ひとりで嬉しくなっていた。
それからも、ずっと毎日見つめていた。
季節が秋から寒い冬になっても、
ずっと。
見つめるだけしかできなかった。
自分ではわかっていた。
たぶん、この気持ちは初恋なんだってこと。
わかってる。
私みたいな、頭の悪い高校の制服を着た女が、
夜の仕事をしている母親に育てられている、
貧乏な女が、
K高校の生徒を好きになっても、
無理だってこと。
惨めな気持ちになるほど、わかってる。
私はただ、見つめることしかできなかった。
それから暖かい春が来て、
高校2年生になった時、
いつものように、本棚の前で本を選び、
高いところの本を取ろうと背伸びをしていたら、
「この本でいいの?」と、
後ろから手が伸びてきて、
背の高い彼が、私が取ろうとした本を取って、
私に差し出してくれた。