優しい君に恋をして【完】
幸せそうな披露宴を、
星野先生と一緒に見て、
最後のお父さんへの手紙で、
桜木先生のお母さんは自殺して、
それからお父さんに育てられたことを知った。
知らなかった。
てっきり桜木先生は、音大出のお嬢様だと勝手に思い込んでいた。
また、その手紙で号泣してしまって、
私は今日一体何回泣くんだろうと、しっとりしたハンカチを持ってそう思った。
披露宴が終わりロビーに出ると、
優が近づいてきた。
「目、真っ赤じゃん」
優は私の顔を覗き込んで、優しく微笑んだ。
「やばい、超泣きすぎた」
優は、あはははっと笑った。
「ちょっと、おいで」
優は私の荷物を持つと、私の手を引いてエレベーターに乗り、
屋上へと連れて行った。
屋上に出ると、少し青さが弱くなった空の下に、
誰もいなくなった静かなチャペルが建っていた。
優は庭園の中を歩き、チャペルの扉をゆっくりと開けて中に入って行った。
「ねえ、いいの?勝手に中に入って」
「ちゃんと許可とってあるから大丈夫だよ」
許可?そうなんだ。
私も中に入って、バージンロードの手前で立ち止まった。
優はバージンロードを通らないで、
椅子をぐるっと回って、脇に置いてある小さなピアノの蓋を開けた。
ピアノ?
優は椅子に座ると、ひとつ鍵盤を押して音を響かせた。
そして、片手でぎこちなくピアノを弾き始めた。
ゆっくりと、ひとつひとつ大切に響かせていく。
あ.......この曲は、
優に初めて弾いた大好きな曲だ.......
優には、この音がどんな風に聞こえるんだろう。
ちゃんと音階が聞こえいているのかな.......
こんな、楽譜も見ないで弾くなんて、
どんなに練習したの.......
優は一番を弾き終えると「合ってた?」と椅子から立ち上がった。
私は大きく頷いた。
「練習してくれたの?」
優は自分の髪をくしゃくしゃっとした。
「お姉ちゃんに教えてもらったんだ。
あすかに、聞かせたいって」
桜木先生に......
「あすか、ピアノ続けなよ。
俺、ピアノを弾いているあすか、好きだよ」
優......
私はバージンロードに足を一歩踏み入れた。
「あすか、ストップ!」
えっ。
私は、一歩で立ち止まった。
「そこは、一人で歩くな。
いつか、俺と歩くんだろ。
その日まで、そこは歩くな」
いつか優と歩く日まで......
「うん」私は頷いて足を戻した。
優が私のところまで戻ってきて、
私の手を繋いできた。
「ピアノ弾いてよ」
優に手を引かれて、ピアノの前に連れて行かれると、
優が椅子を引いてくれて、
私は少し考えてから、椅子に座った。
優は、すぐ近くの椅子に座って、
私を見つめてきた。
ゆっくりと大好きな曲を弾き始めて、
優が優しい眼差しで見つめながら、聞いてくれて、
あぁ.......やっぱり私はピアノが好きだと思った。
弾き終えると、優は優しく微笑んだ。
「あの時は、全然音が聞こえなかったんだ。
でも今、あすかの音が聞こえたよ。
続けなよ、ピアノ」
私は鍵盤に乗せた指を見つめた。
「もう少し、
続けてみようかな……
優、ありがとう」
優は、ははっと嬉しそうに笑って、立ち上がった。
「よかった」
私も蓋を閉めて立ち上がると、
優がピアノの脇に置いた私の荷物を持った。
「じゃあ、帰るか」
「えっ?優、もう帰ってもいいの?親戚の人とか大丈夫?」
「うん。ちょっと行きたいところもあるし」
「行きたいところ?」
優はチャペルを出て、エレベーターへと歩き出した。
「どこに行くの?」
エレベーターに乗って優に聞くと、
「内緒」
と、横目でチラッと私を見て笑った。
エレベーターが一階に止まり、
他の人達が降りるのに続こうとしたら、
ガシッと腕を掴まれた。
「まだ降りないよ」
「えっ?一階だよ?」
優はボタンを押して、扉を閉めた。
そして、エレベーターは地下に行き、
駐車場の階で優が降りた。
「えっ?ここ?」
私が降りるのを躊躇していたら、
優が外から扉を押さえた。
「早く降りな」
駐車場.......?
私は急いで降りて、優の後についていった。