優しい君に恋をして【完】
気持ちが落ち着いてから、
ゆっくりとピアノ教室に向かった。
いつものように、ビルの2階に行き、
受付に挨拶をして、
廊下の椅子に座って時間まで待とうとしたら、
すぐに桜木先生が出てきた。
「あすかちゃん、今日前の子がお休みだから、
少し早いけど......どうぞ」
先生に促されながら、狭い防音室に入った。
バッグから楽譜を出し、
ピアノの上に置くと、椅子に座った。
「先生、ちょっと話聞いてもらってもいい?」
桜木先生なら、話せると思った。
桜木先生なら、わかってくれると思った。
私の気持ちを。
「どうしたの?何かあった?
私でよかったら、話聞くよ」
隣に座っていた先生は、体ごと私の方を向いて、
座り直した。
「この前、気になる人がいるって言ったじじゃん」
「うん」
「その人......耳が......
聴こえないみたいなんだ」
「えっ......」
先生は少し驚いていた。
でも、きっと桜木先生は、
そういうことに対して、偏見とか持ってない人なんじゃないかって、
勝手にそう思った。
「そうだったの。
で?あすかちゃんは?」
「私?」
「そう。あすかちゃんは?
そのことを知って、どう思ったの?」
私はそのことを知って......
「私、優の耳が聴こえないってわかって、
私......私は優が好きなんだって初めて気づいた」
「あすかちゃん......今、【優】って......」