優しい君に恋をして【完】
時が、止まったような、
静かな時間が流れた。
離れた場所からでも、優と目が合っているのがわかる。
「優......」
柔らかい風が二人の間を通り抜けた時、
優が下を向いた。
そして、ゆっくりと私の方へと歩き出した。
近くまでくると、歩く速度を緩め、
立ち止まってくれると思った瞬間、
すっと私の横を俯いたまま通り過ぎた。
え......
私は振り返ることができずに、
校舎側を向いたまま固まってしまった。
通り過ぎた.......
立ち止まってもくれないの......
そんな......
泣いてしまいそうな気持ちをぐっとこらえて、
振り向くと、
校舎の向かい側、
反対車線の歩道にあるバス停の列に、
優が下を向いて並んでいた。
優の学校の生徒達が何人か並んでいて、
そこから私を見て、何か手話をしている子達もいた。
優は、ずっと下を向いたままだった。
優は、嫌だったんだ。
私が会いに来て、
嫌だったんだ。
もう、本当に、
無理なんだ......
優と車道を挟んで向かい側で、
いつまでも顔を上げない優を見ていられず、
私も下を向いた。
下を向いたら、我慢していた涙が一粒こぼれて、
あとからあとから、ぽたぽたと、
涙がアスファルトにこぼれ落ちた。
その時、バスの音がして、
はっと顔を上げると、
バスで優のいる列が見えなくなった。
ちゃんと気持ちを伝えたかった。
まだ、何も伝えてない。
ひとつも、
一言も、
優に気持ちを伝えられてない。
バスの中に生徒達が乗りこむのが見えて、
一度止まったエンジンがかかると、
ゆっくりとバスが動き出した。
待って......
そう思って一歩足を前に出した瞬間、
立ち止まった。
通り過ぎたバスの向こう側に、
乗ったと思っていた優が、
ひとり佇んでいたから。