−彼女
いつからだろう。
異変を感じ始めたのは。
確か初めは、纏わり付くような視線だった。
常に見られている、
何処からかわからない得体の知れない「何か」に。
それに気づいたのとほぼ同時に、
燈太はまたある異変に気づいた。
「…」
いや、違う。
そこまで考えて、再びふるふると頭を左右に振るう。
まさか。
そんなことがあるわけがない。
これはただの勘違いで、
あの視線も、アレだって
ただの思い過ごしだろう。
何故なら自分はただの平凡な男で、
他人の目に止まるようなことなど一切してこなかったのだから。
いつでも周りに合わせて、
決められたラインから出ないように、
遅れを取らないように、
突出したものが何一つない人間でいたのだから。
ましてそんなことになるような目立った行為など、するわけがなかった。
それが己の何よりの望みで、
理想なのだから。
「…はぁ」
燈太はいっこうに進まない勉強に見切りをつけ、机の上を片付け始めて、
自分に限って、そんなことがあるはすがないのだと。
自らに言い聞かせるようにしてまとめた荷物を肩にかけた。