その男、小悪魔につき。【停滞中】
「千尋…くん?」
思わず声を発してしまい、あっと思っていると千尋くんは振り返って私を見た。
「彩月さん?」
すると千尋くんは笑みを浮かべて、私に近付いて耳元で囁いた。
「俺を助ける為と思ってちょっと黙っててください。」
スッと離れて千尋くんはニコリと笑顔を向けた。
え?助けるって……
戸惑っていると、そのまま私の手を引いてしゃがみこんでいる女の子の前で止まる。
「櫻井くん、その人は?」
酔っているはずの女の子は何故か私を睨み付けながらそう言った。
「見ればわかるでしょ?俺の家泊まりたいって言ってたけど…」
そして私の肩を軽く寄せた。
千尋くんは清々しい程の笑顔のはずなのにどうしてか瞳は笑っていない。
なんか、いつもと違う……?
女の子は一瞬驚いた後、酔っているはずなのに普通に立ち上がり、千尋くんに顔を近付けた。
「へぇ?さすが櫻井くん。弱っている時だから押せばいけると思ってたけど……もう相手がいるなんてね?」
横目でチラッと私を見ると女の子は落ちている鞄を取って、そのまま丁度良く来た電車に乗っていった。
この数分で起きた事に理解できず、隣にいる千尋くんに顔を向ける。
すると見たことのないような酷く悲しそうな目をして前を見据えていた。