その男、小悪魔につき。【停滞中】
夏奈子、か……
以前の彼は私の前ではそう呼んではいなかった。
胸の奥がチクリと痛んだが、気持ちを払拭すべくわざと明るい声を出す。
「うん。昨日届いてた。私は全然気にしてないから大丈夫」
『……そうか。気にしてたのは俺の方か』
「……何か言った?よく聞こえなかったんだけど」
『いや、それより元気そうで良かった……って俺が何言ってんだかな。結婚式は来なくて大丈夫だから。夏奈子には俺から言っておく。じゃあ、元気でな』
「うん。たかひ……ううん、織田さんもお元気で」
電話を切ってベッドに座る。
“気にしてたのは俺の方か”
さっきの孝広の自嘲気味に言った言葉が頭を支配する。
どうして今さらそんな事を言ったの?
どうして今さら私に優しくするの?
どうして今さら、私の心の中に入ってこようとするの……?