異国のシンデレラ
出発と出会い
【パラサイトシングルのくせに!】
【そっちだって出戻りな上にバツイチシングルじゃない!】

二年前に結婚して家を出て、子供が出来て離婚した姉が、生後半年の甥っ子と帰って来てから二週間。顔を合わせれば言い合いをしてる。
仲のいい姉妹だった。そりゃあ喧嘩はよくしたけど、それでもお姉ちゃんは好きだし、甥っ子の浩太はやっぱり可愛い。
けど今回ばかりはどうにもならない。

うちはマンションで4LDKのごく普通の造り。和洋室各二間で、洋室二間は私とお父さんの書斎、和室二間はお父さんたちの寝室兼納屋のような使い方になった。
お姉ちゃんがいた頃は洋室に私とお姉ちゃん、和室がお父さんの書斎兼夫婦の寝室。結婚して出て行ってから部屋を変えたりした。
玄関に一番近い元お姉ちゃんの部屋に私が移った。私は仕事柄遅くなる事が多いから、非常に都合がよくなって。和室は玄関から一番遠いから、お父さんたちが寝静まってから帰って来ても大丈夫。

けど、お姉ちゃんが帰ってくる…部屋を返せって言われて頭に来た。出戻りのくせに!

【アンタ、いい加減家出たら?私なんて高校から一人暮らししてたんだから】

お姉ちゃんは内申が足りなくて県外の高校しか受けられなかっただけの事じゃない?何でそんなに偉そうなわけ!?

【いつまでも実家に寄生してる独り者をパラサイトシングルってのよ】

だったらいいわ!出てってやる!いっそ連絡の付かないところ……海外!

その日の夜からこっそり準備を始めた。イギリスへのチケットやホテルの予約も済ませた。イギリスはフランスと並んで私の憧れの地…シンデレラと言えばそんな感じのイメージだから。一度行ってみたくて、耳年増みたくなっちゃってる。
デパートのカスタマーサービスなんて仕事柄、英語は大丈夫だしって事でイギリスに決めたんだけど。英語圏のお客様になら問題なく対応出来てるし。


それからは何を言われても、言い返したくなるのもグッと堪えた。

出発の日は決まってた。私は会社に語学力向上を理由に一ヶ月長期休暇の届けを出してたし、両親は仕事、お姉ちゃんは浩太と乳児検診に出掛けてる。部屋のドアに置き手紙を張り紙して、私は空港から出国した。
いざ!憧れの地、イギリスへ!




到着してすぐにホテルにチェックイン。うん、私の英語力、現地でも問題ないね。
部屋でガイドブックを広げながら明日以降の予定を立ててから、盗難に遭った時の為に銀行にも立ち寄った。就職してからこつこつ貯めた全財産下ろしてきたから、保管にだけは気をつけなきゃ。
夕食はホテルのレストラン。何度かナンパ紛いに誘われたけど、全部お断り。気ままな一人旅していたいしね。
ショルダーバックに最低限の所持金。カードは一枚。

レストランを出てフロントの前を通りかかると、支配人らしきが拙い日本語で宿泊客らしきと話をしてる。相手が関西弁なせいか、話がきちんと通じないらしい。スタッフ誰もが困惑してるみたい。

「どうされました?」
「ここあかんわ。日本語出来るっちゅーから来たんやけど、わかれへんらしゅうてなぁ」
「うちらも英語でけへんのに来てもうたんやけどねぇ」

関西出身のご夫婦と中学生のお子様二人。お子様が頑張ってもみたらしいけど緊張して、単語も出てこないみたいで。

「チェックインですか?よろしければ私がお話します」
「ホンマか!?いや~助かるわ」
「予約してへんのやけど空き部屋はあるか聞きたいねん」

支配人に向き直って事情を話した。日本特有のいくつもあるお国訛りの代表格である事と共に。
間に入ってチェックインを済ませると、関西弁ご一家は漸く部屋に案内されて、別れ際には酷く感謝された。携帯の番号をお知らせして、困ったらまた連絡出来るようにして差し上げたら、どこから取り出したのかお礼だと蝶結びの熨斗袋を手渡された。
頂けないと丁寧にお断りして別れた。

「ミス遠野、大変助かりました」
「いえ、とんでもありません」

こう言う時に胸の前で手を動かすのは日本人だけかな?

「日本にはお国訛りがあるのは存じておりましたが、我々はまだ勉強不足のようで」
「仕方ありません。その辺りは妙に複雑な国ですから。お役に立ててよかったです」
「失礼ですが…ご職業をお伺いしても?」
「デパートのカスタマーサービスをしております。今回は長期休暇をもらって語学力向上に」
「十分でございますよ、ミス遠野。あなたは美しいクイーンズの発音をされています」
「こちらの方にお褒め頂けるなんて光栄です。滞在中にはこちらのカスタマーサービスも学ばせて頂けたらと思います」
「当ホテルでよろしければ是非。またミス遠野のお話も聞かせて下さい」

支配人はにこやかにも丁寧に腰を折って私を見送ってくれた。

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