異国のシンデレラ

それからは食事も出掛けるにも…クルミと共にしている。

「彼はサイクス、私の秘書なんだ」
「初めまして、ミス遠野…お会い出来て光栄です」
「初めまして…ぁ」

サイクスを紹介しているとクルミの携帯が鳴った。一言断ってフリップを開き、電話に出た。

「はい」

微かに男の声が聞こえた…ミスター糸井から、なのか？

「いえ…はい、それでしたら」

日本語で話している。一体誰からなんだ…。

「遠野でございます…はい……はい、いえとんでもございません。私共の務めでございますから」

「…日本から仕事の話のようだな」
「…詳細わかるのか？」
「少しはな、レベルはお前と大差ない」
「わざわざありがとうございます。またお越し下さいませ…いえ、私は今イギリスで…はい、左様でございます……はい、その折りは是非」

穏やかに笑みを浮かべながら話す相手に苛立つ…何故今なんだ。

「はい、では失礼致します」

漸くフリップを閉じたクルミに声を掛けた。

「休暇中に日本から仕事の電話が？」
「以前対応させて頂いたお客様がどうしても一言と仰ったそうで」
「カスタマーデスクの仕事に就かれていらっしゃるんでしたね」
「ええ、ミスタートレマー」
「支配人からも聞きました、あなたは素晴らしい方だと」
「とんでもありません、ただの職業病です。余計な事ではなくてよかったです」

すると今度は私の部屋の電話が鳴り、サイクスが取る。

「ミス遠野、フロントからあなたにと」
「私、ですか？」
「はい」

受話器を差し出されたクルミは不思議そうに受け取った。

「はい…あ、ええ、構いません……はい、わかりました」

受話器をサイクスに返しながら、クルミが私を見た。

「初日にチェックインのお手伝いさせて頂いたお客様の応対に困られておられるみたいですので、フロントに行きます」
「宿泊客に頼むなど…うちは教育不足だな」
「こればかりは仕方ありません」

私とサイクスもクルミに付いてフロントに向かう。サイクスは支配人を唸らせる彼女に興味があるようだ。

「遠野さん！」
「すんませんな、お取り込み中でっか？」
「ちょっとアンタっ、失礼やないのっ！ごめんねぇ、無神経で」
「いえ…どうされましたか？」
「うちの奴がなぁ、ボケっとしとるさかい、パスポートと貴重品パクられてもうて」
「カードは止めなあかんし、パスポートあれへんと帰れへんから」

クルミの通訳で漸く理解した。海外旅行に来たらよく聞く話で、貴重品の類を盗まれてしまったようだ。

「お持ちのカード会社に利用停止の連絡を致しましょう。それから警察に届けを出して、領事館にパスポートの再発行依頼が必要です。再発行には二週間ほど掛かるかと思いますが、旅行会社で保険は掛けていらっしゃいましたか？」
「そら勿論。心配やからな」
「でしたらその旅行会社にもすぐ連絡致しましょう。盗難に遭われたのは貴重品のみですか？」

「買うたもんも幾つかやられてん」
「左様でございますか。ではすぐに警察に被害届けを出しましょう」

日本語で一家と話をしてすぐにスタッフに警察へ連絡を入れさせる。追ってすぐカード会社の番号を調べたり旅行会社に連絡を入れたりと、対応はうちのスタッフより素早かった。

あまつこの夜遅くに警察には付き合う事となり、クルミとの時間を確保する為に私は車の手配をしてやった。
更にまた明日には領事館に付き合わねばならないのだ。

遅い夕食をルームサービスで済ませる事となり、クルミは私の部屋に足を運んだ。

「クルミ、君は延泊はしないのか？あと二日で一週間だ」
「郊外の方も見たいので一週間ごとに滞在先を変えるつもりでいます」

その言葉に、私は何よりも焦りを感じた――。