愛しさを抱きしめて
その時の瞳は、凛としていて噂の佐倉日和ではない、と思った。
さっきよりテンポが速く、次々と移動する指。
やはりこの曲も悲しさに溢れている曲。
クライマックスになろうとした時、ガンッと不適切な和音がした。
思わず目を閉じていた目を見開き、音楽室を覗くと涙を流す佐倉日和がいた。
「ダメだったんだね…」
と、佐倉日和は自分の左手を見て悲しい表情をした。
それから佐倉日和は度々音楽室へ来るようになった。
でも、クライマックスになるとやっぱり悲しそうな表情をして最後まで弾けなかった。
高校二年の初夏、いつものように木の上でサボっていると木陰に腰を下ろす佐倉日和がいた。
ミルクティー色の髪が腰まで綺麗に伸びていて、瞳もミルクティー色。
フワフワしててどこかへ飛んでいきそうな、消えてしまいそうだと思った。
なんて儚くて…綺麗なんだろう…と。守りたいと思った。
この時、《恋》だと思った。こいつの傍で守りたいと思った。
だから、話しかけてみることにしたんだ、話してるこいつの視線は時々音楽室のピアノに行ってて、それに気づいてない振りをした。
俺のことを少しでも知ってほしくて、自分から俺のことを話した。
相槌を打ってくれてるがきちんと聞いてるのか心配だったが、意外にも聞いていてくれた。暫らくして、宇佐見がやってきた。そこから口げんかになった。
志乃SIDE...END