仄甘い感情
7
この二泊のオフは尚嗣にとって初めての、ささやかだが蜜月のような時間だった――。
子のない管理人の島袋夫妻は、啓太と百合を孫のように可愛がった。元々夫妻は尚嗣が成人するまで身の回りの世話をしていたが、それからは首都圏から沖縄に隠居する事にした。
その際に尚嗣の祖父からこれまでの感謝と、尚嗣がいつでも訪ねられるようにとの配慮を込め、島袋夫妻の自宅兼尚嗣の別荘として、現在の家を贈った。
尚嗣が絢女らを連れて来たのにはさすがに驚いたが、絢女は夫妻にもすぐに気に入られた。
我が子のような尚嗣が連れてきた絢女とその弟妹は孫のように可愛くて仕方なく、啓太と百合も夫妻によく懐いた。
夫妻は初日から、啓太と百合をあちこち連れていった。おかげで尚嗣は絢女との時間も持つ事が出来た。
寄り添い歩き、時に笑い合って…互いを独占出来るこの時を噛みしめるように過ごした。
啓太はそんな二人の様子を見て、尚嗣との約束を思い出した。
尚嗣ならきっと姉を幸せにしてくれる。啓太はそう信じていた。
尚嗣と絢女は地元民に新婚旅行とよく間違えられた。絢女とならそれでも構わないが、やはり新婚旅行なら…そう考えてハッとした。
誰に対しても考えなかった事を絢女相手に考えていた。
自宅に絢女を入れた際、キッチンに立つ絢女を想像していたのも…同じ事だろう。
「絢女…」
「尚、嗣…さん」
横になり、背後から抱き締められながら、その掌が不埒に這い回る。
「な、お…」
「何だ」
「も…明日、観光…あるから…っ」
「…そうか」
納得したような物言いの癖に、絢女の腰に主張する尚嗣は全く納得していない。
「っ…尚嗣さ…」
「俺は納得しようとしているが…どうも躯は納得していない。もう暫く付き合え」
傲慢なほどの態度に抵抗も意味を成さない。尚嗣は絢女が本当に嫌がっているわけではない事を知っている。
何だかんだと尚嗣の求めに応えるのを、夕べから身を以て知った。
結局は尚嗣の熱に絆されてしまった。
尚嗣はぐったりしながらも艶めいたままの絢女を抱き締めながら、ゆっくりとすべらかな背中を撫でる。
汗の浮いた背中はしっとりとしているが、掌に馴染む感じが堪らなく心地いい。瞼を閉じて深呼吸を繰り返す。
「明日は朝が早いぞ?起きられるか?」
「起きれなかったら尚嗣さんのせいですから」
「俺に任せろ。起こして風呂に入りながらゆっくりして、着替えをさせ、腕に抱えてどこでも連れ歩いてやる」
「…結構ですι」
「俺とお前の仲だ、遠慮する事はない」
「…遠慮じゃないですから……ι」
何をどう間違えたのか、尚嗣は絢女をお姫様のように扱うつもりらしい。やりかねないと思いながら、絢女は溜息をついた。
なし崩しのように躯を繋げてしまった。不自然だと理性は判断し、それを遠ざけようとしたが、それを自然に受け止めてしまった本能がある。
これを習慣にしてはならない。都合よく振り回されてはいけない。
にも関わらず、尚嗣の温もりを心地いいと感じている。公私に渡りこれほど親密な関係を築けた相手がいなかっただけに、期待も戸惑いも…絢女には荷が重いように思われた。
尚嗣は横柄な言動のくせに大切に触れてくる。キス一つにも本当に慎重に、そっと触れるのだ――。
翌朝の観光も、結局は島袋夫妻に啓太と百合を任せてしまった。二人を蔑ろにしているような罪悪感がふつふつと沸き出していた。
「尚嗣さん、せっかくの旅行だから啓太と百合と一緒に…」
「夫妻に任せておけば心配ない」
尚嗣は二人の事なら島袋夫妻に任せておけばいいと言った…絢女はそれを聞いて失望してしまった。
この男も同じなのかと…二人きりになる為に弟妹を邪険にした。これまでの行動はその為の事で、可愛がってくれているわけではなかったのかと。
「………」
「絢女?」
「何でもありません」
ふいと顔を反らせた絢女に、尚嗣は違和感を感じていた。
その時に感じた違和感はその時だけだったが、絢女の態度は明らかに硬化した。
尚嗣が触れようとする度に、絢女は不自然には見えないように、その手を避けるのだ。
何が原因だかははっきりしないが、沖縄最終日からそれは始まっている。絢女の機嫌を損ねるような事はなかったはずだ。
尚嗣はわからない事は突き詰める性格だ。絢女が何を考えているのかを、責めるように問い詰めてしまった。
「絢女、何が気に食わない?」
「…社長、今は勤務時間で…」
「お前は俺の性格をわかって、そんな事を言っているのか?」
「何の事でしょうか?」
「絢女!」
抱き寄せようとすれば、絢女はそれを避けた。
「気安く触らないで下さい…打ち合わせに行ってきます」
「絢女!」
構わずに絢女は社長室を出て行った。尚嗣は忌々しげに机に拳をを叩きつけた。
「…痴話喧嘩、ですか」
「………」
「機嫌を損ねる言動があったんでしょう?」
「…覚えがない」
入れ違いに長谷部が姿を現した。
子のない管理人の島袋夫妻は、啓太と百合を孫のように可愛がった。元々夫妻は尚嗣が成人するまで身の回りの世話をしていたが、それからは首都圏から沖縄に隠居する事にした。
その際に尚嗣の祖父からこれまでの感謝と、尚嗣がいつでも訪ねられるようにとの配慮を込め、島袋夫妻の自宅兼尚嗣の別荘として、現在の家を贈った。
尚嗣が絢女らを連れて来たのにはさすがに驚いたが、絢女は夫妻にもすぐに気に入られた。
我が子のような尚嗣が連れてきた絢女とその弟妹は孫のように可愛くて仕方なく、啓太と百合も夫妻によく懐いた。
夫妻は初日から、啓太と百合をあちこち連れていった。おかげで尚嗣は絢女との時間も持つ事が出来た。
寄り添い歩き、時に笑い合って…互いを独占出来るこの時を噛みしめるように過ごした。
啓太はそんな二人の様子を見て、尚嗣との約束を思い出した。
尚嗣ならきっと姉を幸せにしてくれる。啓太はそう信じていた。
尚嗣と絢女は地元民に新婚旅行とよく間違えられた。絢女とならそれでも構わないが、やはり新婚旅行なら…そう考えてハッとした。
誰に対しても考えなかった事を絢女相手に考えていた。
自宅に絢女を入れた際、キッチンに立つ絢女を想像していたのも…同じ事だろう。
「絢女…」
「尚、嗣…さん」
横になり、背後から抱き締められながら、その掌が不埒に這い回る。
「な、お…」
「何だ」
「も…明日、観光…あるから…っ」
「…そうか」
納得したような物言いの癖に、絢女の腰に主張する尚嗣は全く納得していない。
「っ…尚嗣さ…」
「俺は納得しようとしているが…どうも躯は納得していない。もう暫く付き合え」
傲慢なほどの態度に抵抗も意味を成さない。尚嗣は絢女が本当に嫌がっているわけではない事を知っている。
何だかんだと尚嗣の求めに応えるのを、夕べから身を以て知った。
結局は尚嗣の熱に絆されてしまった。
尚嗣はぐったりしながらも艶めいたままの絢女を抱き締めながら、ゆっくりとすべらかな背中を撫でる。
汗の浮いた背中はしっとりとしているが、掌に馴染む感じが堪らなく心地いい。瞼を閉じて深呼吸を繰り返す。
「明日は朝が早いぞ?起きられるか?」
「起きれなかったら尚嗣さんのせいですから」
「俺に任せろ。起こして風呂に入りながらゆっくりして、着替えをさせ、腕に抱えてどこでも連れ歩いてやる」
「…結構ですι」
「俺とお前の仲だ、遠慮する事はない」
「…遠慮じゃないですから……ι」
何をどう間違えたのか、尚嗣は絢女をお姫様のように扱うつもりらしい。やりかねないと思いながら、絢女は溜息をついた。
なし崩しのように躯を繋げてしまった。不自然だと理性は判断し、それを遠ざけようとしたが、それを自然に受け止めてしまった本能がある。
これを習慣にしてはならない。都合よく振り回されてはいけない。
にも関わらず、尚嗣の温もりを心地いいと感じている。公私に渡りこれほど親密な関係を築けた相手がいなかっただけに、期待も戸惑いも…絢女には荷が重いように思われた。
尚嗣は横柄な言動のくせに大切に触れてくる。キス一つにも本当に慎重に、そっと触れるのだ――。
翌朝の観光も、結局は島袋夫妻に啓太と百合を任せてしまった。二人を蔑ろにしているような罪悪感がふつふつと沸き出していた。
「尚嗣さん、せっかくの旅行だから啓太と百合と一緒に…」
「夫妻に任せておけば心配ない」
尚嗣は二人の事なら島袋夫妻に任せておけばいいと言った…絢女はそれを聞いて失望してしまった。
この男も同じなのかと…二人きりになる為に弟妹を邪険にした。これまでの行動はその為の事で、可愛がってくれているわけではなかったのかと。
「………」
「絢女?」
「何でもありません」
ふいと顔を反らせた絢女に、尚嗣は違和感を感じていた。
その時に感じた違和感はその時だけだったが、絢女の態度は明らかに硬化した。
尚嗣が触れようとする度に、絢女は不自然には見えないように、その手を避けるのだ。
何が原因だかははっきりしないが、沖縄最終日からそれは始まっている。絢女の機嫌を損ねるような事はなかったはずだ。
尚嗣はわからない事は突き詰める性格だ。絢女が何を考えているのかを、責めるように問い詰めてしまった。
「絢女、何が気に食わない?」
「…社長、今は勤務時間で…」
「お前は俺の性格をわかって、そんな事を言っているのか?」
「何の事でしょうか?」
「絢女!」
抱き寄せようとすれば、絢女はそれを避けた。
「気安く触らないで下さい…打ち合わせに行ってきます」
「絢女!」
構わずに絢女は社長室を出て行った。尚嗣は忌々しげに机に拳をを叩きつけた。
「…痴話喧嘩、ですか」
「………」
「機嫌を損ねる言動があったんでしょう?」
「…覚えがない」
入れ違いに長谷部が姿を現した。