トーフマン
クモシダバーは、動かなかった。直立不動のまま、しばらく両手の指をうごめかせると、こう言った。
「おまえだね。さっきわたしの糸を破ったのは。おまえが何なのかは分からないが、家にしっかりと巻いたあの糸を破れるとは、よほどの力を持っているようだ」
家を脱出した時、蜘蛛の巣が顔にひっかかったことを思い出す。あのときのことか。
あれはクモシダバーの糸だったのか。普通の蜘蛛の巣と同じような感触だった気がするが。
しかし、その糸が、おれの家を破壊したのは確かだ。
「気がついていないみたいだけど、糸はまだおまえの体にくっついているよ」
クモシダバーが指をくいっと動かした。
その途端、ふくらはぎに激しくつねられたかのような痛みが走り、おれの体はぐるんと逆さまになって宙に浮いた。
何か強い力が、ふくらはぎにの肉を引っ張って、おれの体を持ち上げていた。
足を見て、驚いた。
ふくらはぎに、一本の細い糸がついていた。
その糸が、おれの体を高い所まで引っ張りあげているのだ。
クモシダバーの糸だ。糸の先はどうなっているのかは暗くて見えないが、おそらく奴の指につながっているのだろう。
さっき糸を突き破って家から脱出したときに、ふくらはぎにくっついていたようだ。
どこから伸びているか分からない糸によって、おれは電柱の上あたりの高さで宙吊りにされた。遠くから見たら、逆さまになって空中浮遊しているように見えるだろう。
やべえやべえやべえっ!高い高い高いっ!怖い怖い怖いっ!
ふくらはぎの、つねられるような痛みが続く。糸がくっついている箇所はそこだ。おれは糸をはずそうと思い、体を折り曲げ、足についた糸に手を伸ばした。
手が糸にくっついてとれなくなった。
泣きたくなった。