香る風の果て
目が合った瞬間、若い男性はふわりと微笑んだ。ありえない状況に、頭の中が真っ白になっていく。
「篤史君? どうして?」
私に代わって、声を上げたのは理央だった。
雑踏を掻き分けて駆け寄ってくるのは、篤史に間違いない。近づいてくるにつれて、鼓動が速くなっていく。
どうしていいのかわからなくなって、理央の腕にしがみついた。
「友紀、落ち着きなよ」
「落ち着いてるって……」
私は、明らかに動揺している。
「ただいま」
目の前で立ち止まり、篤史が笑った。
まともに顔を見ることができなくて視線を落とすと、東京から帰ったとは思えない薄ぺったいビジネスバッグ。
通り過ぎて行く人に肩をぶつけられて、ようやく顔を上げることができた。
「ここだと邪魔だから、他に行こうか」
篤史に促されて、私たちは駅の反対側の公園へ向かうことにした。
公園の傍の自販機で何か買おうと立ち止まったら、私たちのすぐ後ろを歩いていたはずの理央の姿がない。
「あれ? 理央ちゃんは?」
篤史も気づいて辺りを見回す。
するとタイミングよく、携帯電話の着信音が鳴った。『先に帰るね』と理央からのメールだった。