香る風の果て


以前、篤史に会ったのはお盆休み。
六月に帰ってきて以来、二ヶ月ぶりだったから嬉しくて帰宅が遅くなった。門限を破って親に怒られたのも、思い出のひとつ。


一目でも会えれば不安など、一瞬で消え去ってしまうのに。


「篤史君のところに行ってみたら? 突然行ったら驚いて、喜んでくれるかも……」

「行けるわけないよ、東京まで遠いし旅費高いし……絶対無理」


ここから東京まで片道約三時間掛かる。交通費だって、さらっと出せる金額ではない。


上京して間もない頃は月一回は行き来していたのに次第に回数は減り、今では二、三ヶ月に一回のペースになっている。日課だった電話も、週二、三回に減った。


あの頃の私たちは、自信に満ちていた。むしろ遠距離を楽しむ余裕さえあったのに。別れ際はもちろん寂しいけど、また会えると気持ちをすぐに切り替えることができていた。


離れていても、私たちの心は繋がっていると。


そう思っているのは私だけじゃないかと感じ始めたのは、篤史が東京での就職を決めた頃。


ひっそりと顔を覗かせていた不安の芽は、摘み取ってもすぐに芽吹いてしまう。いくら封じ込めようとしても、抑えることができないほど成長していく。


< 5 / 14 >

この作品をシェア

pagetop