香る風の果て
篤史が上京して六年、もう帰ってこないかもしれないと思うことさえある。
「我慢しないで、声が聴きたい時は電話したらいいと思うし、自分の気持ちをぶつける時も必要だよ」
理央は、いつも勇気をくれる。私の気持ちを代弁してくれる存在。
「ありがとう、もう少し気持ちを整理できたら、電話してみるよ」
と答えたものの、私は決めていた。
私からは絶対に電話を掛けない。
篤史の仕事の邪魔をしたくないという理由もあるけど、何よりも自分から縋るようなことはしたくない。
会いたいなんて言わない。
帰ってきてなんて言わない。
言い出したら、私の負けなんだから。
篤史との距離を感じ始めてから、自分の中で芽生えた気持ちがぐんぐん育っていく。
「友紀、強がってばかりじゃ、ダメだよ。素直になりなよ」
私の気持ちを見透かした理央の言葉が、胸に突き刺さる。親友だからこそ言ってくれる言葉は、痛いけど嬉しい。
「うん、わかってるよ。ありがとうね」
ありがとう。
感謝の気持ちを込めて。
理央との電話を切った後すぐに、篤史にメールを返信した。
『お疲れ様。帰れないの残念だけど、仕事は無理しないでね』
精一杯の強がりだった。