オマエ専属
沢木が不穏な動きを見せる。小会議室と面接者が待機している第三会議室は隣接。しかもドア一枚で行き来出来るし、勿論鍵は掛かる。きちんと閉まっていなかったドアの隙間をそっと広げた。

「まさか我が社の関連記事しか読まないような面接者がいるとは思えませんね」
「東雲さんの仰るとおりですよ、副社長。今年の六月号にあったD物流の柏木社長のお話も秘書や営業にはとても参考になるお話でしたし」
「同じ号ではKAIコーポレーションの甲斐社長が企業形態のお話もされてたわね」
「秘書の何たるか、事業主とその責任…俺もとても勉強になりました。秘書の井原さんともゆっくりお話させて頂きたいですね」
「井原さんも秘書の業界でも密かに有名な方だしね。甲斐社長の秘書を長年勤めてらっしゃるだけあるわ」

…俺の第一・第二秘書は常に絶妙なコンビネーションだ。経済誌は片っ端から回し読み、朝刊にも隅から隅まで目を通す勢いで読む。

そんな俺の秘書二人は、そういえば最近よく似てきた。沢木が初音に似てきた。
ちょっと前までオロオロしてた沢木も今では立派に副社長秘書の肩書きを背負ってる。俺のイビりと初音の教育がよかったお陰だな。

「我が社の事だけ知っていればと思っているような浅はかな希望者なら、いっそうちにはいりませんわ、社長」
「そうだね…でも現状足りていない秘書はどうカバーする?君がフォローに回るのか?」
「沢木君を回します。彼なら大丈夫です」
「は!?」
「えぇ!?」

俺と沢木の声が被る。

「だって私は副社長専属ですから」

やんわり微笑む初音…。

「初音っ!俺の嫁さんサイコー!も、スゲェ愛してる!!」

力任せに抱き締める。兄貴と沢木は呆れて溜息。面接に立ち合っている人事部長と秘書部長、営業部長は唖然としていた。初音が勤務時間中にこんな発言をする事があり得ないからだ。

「だからもう少し、副社長らしくしてて?」

小さく首を傾げながら微笑まれたらそりゃ俄然やる気!

「私の素敵な旦那様がそんなじゃ自慢出来ないじゃない?輝一は何してても素敵だけど、やっぱり仕事してる姿は一番素敵だから…ね、輝一?」

ヤベェ押し倒しそ…けど兄貴たちに見せんのは勿体ねぇ!

「輝一?面接なんてきっちり終わらせましょ?」
「そだな…時間が勿体ねぇし」

名残惜しげに離れていく初音の唇に軽いキスをして、席に着く。

「さぁ沢木、次呼んでこい」
「畏まりました」

わざとらしげに恭しく返事をした沢木だったが、気にもなんねぇ。何たって初音の口から勤務時間中に他の奴らの前で、【俺専属】って言葉聞けたし?
面接中もこそっと後ろに手を伸べると、初音が柔らかく触れてくる。触れると言ってもワンタッチだが、初音から触れてきたって事が重要だ。
そう!そこ重要!赤でアンダーラインの上、蛍光ペンマーキングと共にページに付箋してあまつ見出しラベルを付けるほどだ。

結局、秘書課には男を二人、女を一人入れる事になり。新人秘書は基礎研修をみっちり受けさせた上、俺のイビり仕込みで成長した沢木の指導を受ける事になった。
さすが俺仕込みで初音を見習っただけあって、新人女子が泣いても眉一つ動かさずに指導を続け…。

「泣くくらいなら止めてもいいんだよ」

と言ったらしい。
鬼だ…それは鬼畜すぎだぞ、沢木。男としてどうなんだ?

「私以上に厳しい指導係ですね」
「俺が直々にイビって育ったからな」
「中途採用の募集が必要かもしれませんね。営業と総務はすでに原稿を社長に提出しましたから」
「営業と総務が?そいつらがここに来てたら、絶対向こうがいいって逃げ出すぜ?」

怒鳴りはしないが飄々とトゲまみれの言葉で続ける沢木に、実は新人を不憫に思い始めた。
入社初日から泣かされ続けている新人は密かに初音がフォローしているせいか、一向にヘコたれて辞める様子はない。沢木もそれを知っているのか手を緩めない。

うちは入社後三ヶ月で新人の歓迎会をサプライズで行う。新人共には試験だと言って。

後から同期の新人らで話をすれば、やはり秘書課が一番キツいらしかった。素知らぬ顔で初音たちには当たり前の難題をけしかけたり、予告もなく専務や常務の第二秘書代わりとして同行させたり…とにかく沢木はスパルタだ。

半年してある程度出来るようになると初音と沢木が豹変。これまでにこやかにフォローしてきた初音が厳しく、鬼だった沢木がフォローに回るようになった。
元々、仕事に厳しい初音はこれが職場での本来の姿。

「急ぎの内容を伝えるのにあなたが焦る必要はないわ。そうしたところで事態は変わらない。冷静さを欠いて無駄に時間が過ぎるだけ」
「はい…申し訳ありません…」
「落ち込む暇があったらもっと周りをよく見る事ね」
「…はい」


「東雲さんの言う通り、焦ったりすると冷静な判断はおろか聞いた事を正確に伝えられなくなったりするからね。これからは気をつければいい。頑張って」
「はい、沢木先輩」

初音と沢木は飴と鞭の役割を果たしてる。

「手応えは?」
「勿論あります。三人共すぐに第二秘書として出せます」
「それなら早速、一人常務に出してくれないか?」
「畏まりました」

兄貴の要求に応えられる人材を育て、送り出し、沢木も満足げにしていた。



「とりあえず一仕事終わったな」
「そうね。でもさすが輝一…秘書に最適な人材をあの中から選び出すなんて」
「まぁな」

初音が俺の仕事振りを褒めるのもかなり珍しい!初音のデレ、ゲット!

「しかも選んだ三人きちんと残ったわ。他に配属した子は何人か辞めてるのに…一番キツいって言われたうちがみんな残ったもの」
「そだな」
「やっぱり輝一は副社長よね。さすが私の旦那様」

スッゲベタ惚れ。俺、超初音愛してんだよな。初音も家に帰ってくると仕事中には許してくんねぇ事でもOKだし?甘え放題やりたい放題だしな~♪

「そう言えば親父さんたちは何て?」
「まだ先でいいって。孫の世話に困ったら少しずつ行き来しながら移らせてもらうって」
「孫、か…甲斐先輩がメロメロだよな」

大学時代の先輩で、甲斐グループの社長は今でも親交がある。むしろ大学時代より深くなってるよな。嫁さん交えての仲だし。

「リアちゃんもお母さんしてるわね」
「お前も会いに行く度に手伝わされてんじゃねぇか」
「甲斐社長も四ヶ月ともなると手慣れたものだしね。井原さんもすっかりベビーシッターしてるし?やっぱり無条件に可愛いものね」
「あの甲斐先輩がなぁ……初音、俺もパパにしてくんね?」
「…輝一…パパになりたい、の?」
「当分は新婚気分で…とか思ってたんだけどよぉ……甲斐先輩んとこ見てると、あんなもいいな…とか思ったりもすんだよな」
「輝一…」
「俺と初音の子…すっげぇ美形かすっげぇ美人だな」
「そうだといいわね」

リビングのラグの上で座っている初音に転がりながら近付いて膝を枕にする。

「妊娠したら仕事はさせらんねぇしな…でもそれはヤダし」
「秘書の仕事くらい出来るわよ」
「何かあってもいつも輝一が傍にいてくれるでしょ?」
「初音が傍にいてくれてんだろ?」
「輝一が置いてくれてるの」

もうすんげぇ可愛いっ!俺の嫁さんサイコー!!

「ホントにパパになりたい?」
「初音と一緒に親になりてぇ」

覗き込むように訊かれ、思った通り正直に答えた。

「輝一…実は……」

思いがけなくもらったプレゼントに俺は電話をかけまくった。その夜の間には知れ渡り、翌日は声を掛けられる度に祝われた。

初音は秘書を続ける事になり、いずれまた沢木が第一を務める事に決まる。新人もそれぞれが担当する役員の第一秘書らが指導に当たるので、沢木は心おきなく俺の秘書に収まれる。初音が復帰するまでの話だが。

翌々日には甲斐先輩たちもわざわざ祝う為だけに来てくれた。半年になる双子を抱えて。


初音の親父さんたちにもその日のうちに俺から連絡をした。暫くしたらお袋さんが通ってくれるらしい。これを機に移らないかと強く勧めてみたら、初音が安定期に入る頃には…と言ってくれた。


俺も十ヶ月後には親父だ。初音と子供の為にもいい旦那・いい親父んなるとするか!

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