罪でいとしい、俺の君
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「絶対逃げてやる」

私のその決意は…まぁ、呆気なく砕かれた――。




事の発端は三日前。両親が事故で亡くなった。二人揃って出掛けた先の片側一車線の直線道路で、対向車線から飛び出してきた居眠り運転のトレーラーと正面衝突。二人とも即死だったらしい。
制限速度もシートベルトも完璧で、車は車検から戻ったばかり。ブレーキ痕も残っていたらしく、業務上過失致死傷が適応されるらしい。
そこいらの事はよくわかんないけど、賠償とか刑事裁判?とか。とにかく国選弁護士?のおっちゃんに任せっきり。
実はうちの両親、出掛けた目的は自殺しに。お母さんからメールが来て発覚した。ブレーキ痕が残ってたって事はこんなとこで死ぬつもりはなかったようで。

二人が自殺を決めた理由は、三年前の事故――。甲斐運輸のトラックに追突されて、お母さんが半身不随になった。
家族三人で頑張って支えて行こうって決めたのに……。
皮肉な事に今回のトレーラーも甲斐運輸だった。

私の知らないところで二人がどんなに泣いたかはわからない。だって私の前では努めて明るくしていたかもしれないから……。


今年、商業高校を卒業した私は無難に就職する事にしてた。内定はもらってたけど、お母さんの事故後すぐに蹴った。それが甲斐運輸の親会社だったから……。
女子寮があって、家からでも近かった。選んだ理由はそれが一番。後は事務だったって事くらい。
けど両親殺した会社になんて、普通は就職しないでしょ?復讐とか目論見があれば別だけど。
私にはそんなの何もない。関わりたくだってない。社名を目にする度に思い出す…見せられた事故現場の写真や原型を留めない車の残骸、血痕。

叔父さんに保証人になってもらってアパートを借りた。1Kの家賃六万…両親が私の為にって貯めてくれてた結婚資金を拝借して、バイトを探し始めた。
すぐには見つからなくて、我が家となったアパートに帰る。


すると私の部屋の玄関にはスーツ姿の男の人。誰かの部屋と間違えたのかも?

「瀬名リアだな?」
「…人違いじゃないですか?」

私は無視してカードキーを取り出す。

「KAIコーポレーション、取締役の甲斐征志郎だ」
「!?」

KAIコーポレーション…甲斐運輸の親会社…そこの取締役!?

「なかなか会ってはもらえなかったからな…家に向かえばすでに蛻の殻」

ふてぶてしい感じ。甲斐って苗字って事は親族だよね?

「荷物を纏めろ」
「意味わかんない」
「そのまま言われた通りにしろ」
「指図される覚えなんてないじゃないっ」
「指図じゃない。命令だ」
「余計そんな覚えないわよ!」

カードキーを差すけど、何故か鍵は開かない。え?何で?

「ああ、この部屋は引き払わせた」
「はぁ!?何で!?」
「お前はこれから俺の部屋で暮らすからだ」
「何でアンタのお世話になんなきゃいけないわけ!?」
「身寄りのない未成年を放置出来ないとの上の判断だ」

「放っておいてよ!関わらないで!」
「そうはいかん…上がそう決めた以上、俺には逆らう権限はない」
「私が嫌がったって言えばそれでいいでしょ!?」
「どちらにしろ俺は決まりに従うまでだ」

甲斐征志郎はひょいと私を肩に担ぎ上げ、濃紺のBMWの後部座席に押し込んだ。ドアを開けて逃げてやろうとしたのに、ドア開かないし!?

「チャイルドロックは流石にガキには使えるな」

運転席に乗り込んでバックミラー越しに笑われた。ムッカつく~!!
静かに走り出した車は都市部の一等地に立つ大きなビルの地下駐車場に滑り込んだ。
地下駐車場のくせにガレージみたいに一台分ずつシャッターがあって、車が近付くだけで【3025】のプレートの付いたシャッターが勝手に開く。
ガレージの奥にはエレベータエントランスが見える。

「車から降りた途端に逃げようとしても無駄だぞ。あのエレベータは住宅階にしか止まらない」

考えを全て読まれてるのもムカつく。

悔しいくらい豪華でモデルルームみたいな部屋。メゾネットタイプで一階は広いリビングダイニングにキッチン、トイレにバスルーム、簡易ユニットバス完備の客間が二つ。二階には甲斐征志郎が使う主寝室と書斎、一階よりは狭いリビングに客間一つとトイレにシャワールーム。
私は二階唯一の客間に通された。借りたアパートの床面積の倍近い広さにダブルサイズくらいのベッドと埋め込みのクローゼット。部屋の隅には段ボール箱が五つ……アパートにあった、片付け前のままの私の私物だった。

「好きに使え。飯の用意と掃除洗濯はハウスキーパーが来る。そのランドリーバスケットに入れて廊下に出しておけ。部屋に立ち入られたくなければ、ドアのプレートを入れ替えろ。そうすれば掃除にも入られない」

まるでホテルみたい…何て生活…。

「聞いてるか?」
「聞く必要ないわよ。ここに長居するつもりない……

そう言い切ろうとしたら、甲斐征志郎は突然鳴った携帯に出た。

「井原か……そうか、ご苦労」

短い会話ですぐに切る。

「お前の後見人は今からこの俺だ」
「は!?」
「要は保護者だ」
「何でアンタがっ!」
「お前の親族連中は俺に全て委ねた」
「な……」
「お前に逃げ場はなくなったと言う事だ。帰る場所はここにしかない」

高らかと宣言されてすぐ、片っ端から連絡してみたけど、返ってくる言葉は同じ…。
【甲斐さんに全てお任せしてある】
もうホンっトにあり得ないっ!!
絶対口利いてやんないんだからっ!


息込んだはいいものの…十分で撃沈…。
意地を張ってもお腹は減るしね…。
ハウスキーパーってかシェフよ、シェフ!もう豪華で綺麗で美味しいの!!

「おいし♪」
「…野良猫」
「何よっ」
「餌だけ与えていれば問題ないわけか」
「そんなじゃないわよっ」
「やはりまだガキだな」
「ガキガキって!法律的にはもう結婚だって出来るんだからっ」
「未成年は未成年だ」

くぅ~~!
何よっ!何言い返しても余裕で返されちゃうしぃ~っ!
食後はすぐに仕事があるとかで書斎に引っ込んだけど…私、無職なんだけど?明日から何したらいいの!?
とりあえず部屋の配置を直してみた。ベッドは無理だけど、机の位置を変えてクローゼットに服やらしまってたら、新品のラップトップが出てきた。開封してセットアップしてみたけど、環境は出来てるし、最新のソフトもインスト済み。すぐに使える。
当然のように私物化。パスまでつけてやったわ。
逃亡費用を稼ぐ為にオンラインバンキングで再び結婚資金拝借して、ネットバンクに口座を新設。お父さんが小銭稼ぎにやってたデイトレードを始める事にした。
絶対逃げてやるんだからっ!


翌朝起きると甲斐征志郎は出掛けたらしく、テーブルにメモが残ってた。携帯番号とメアド、それから大人しくしてろって綺麗な字で書いてある。
朝食のサンドイッチを食べながら、何すればいいかメールで訊く事にした。
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