罪でいとしい、俺の君
ビュッフェって初めて!バイキングとどう違うんだろ?まぁいっか、そんな事♪
デザートやフルーツもたくさんあるし、珍しい料理も多いの。
今朝七時くらいに起きたら、もう甲斐征志郎はシャワーを浴びてていなくて…。そりゃ彼女と間違えてこんな比べものにもならない子供がいたんだから、彼女に悪くてすぐ離れるに決まってるよね。
しれっとした顔で澄ましてコーヒー飲んでる姿も、いつものスーツじゃなくてスラックスにラフな感じのシャツスタイルでも、周りの女の人からはうっとり見つめられてる。私はきっと妹か何かにでも見られてるよね…。
「昼から海に出るぞ。日焼け止めは持って歩け。あと、一晩分の荷物もな」
「一晩分?」
「今夜は海の上だ」
あ…もしかして気を遣ってくれてる?お父さんたちを還してすぐバイバイじゃなくて、少し一緒にいさせてくれるって事?
「うん、わかった」
「衣料品以外のものは揃ってる。ベッドも食料もな」
刺すような日差しの中、マリーナから沖を目指す。ダイヤモンドヘッドを遠く視界に留めながら、デッキでリアは二つの骨箱を抱えていた。
クルーザーに乗った途端にぱったりと口を利かなくなったのは、未だ拭えぬ悲しみのせい。リアをデッキに残してキャビンに降りた。ベッドメイクをし、軽食の用意と夕食の下拵えを始める。
自慢じゃないが一人暮らしが長いせいか自炊は得意だ。ハウスキーパーを呼び始めたのはリアがくる事が決まってからの事。それまでは全て自力でやっていた。
軽食のトレイを手にデッキに上がると、リアは二つの骨箱をさも愛しげに撫でながら見つめていた。その視線の先にいるのが俺ではない事に苛立ちに似た焦燥を覚えた。
「リア。軽く食っておけ」
四人分のベーグルサンドに、リアは泣きそうな顔で微笑んだ。
その後、何時間もリアは骨箱を抱えたまま座り、撫でながら見つめ続けた。
リアが動きを見せたのは夕暮れ時。陽が沈もうとしているオレンジの空に向けて、骨箱を開き、骨壺を取り出した。
大切そうに腕に二つを抱え、その手に灰を掴み、空へ海へ還していく。
陽が沈み切り、暗くなったデッキで、手に残った灰を握り締めて、リアが…初めて声を上げて泣いた。
居ても立ってもいられずに、俺はリアに駆け寄って震える躯を抱き締めた。縋るものを失ったリアは俺に身を任せ、ただ泣き続けた。
陽が落ちてあたりが暗くなり、月明かりと星の瞬きだけが辺りを照らす。小さな躯はまだ震えていた。
「…落ち着いたか?」
「んっ…うん……」
「何か飲むか?」
「ん」
「キャビンに用意してある。おいで」
手を取ってキャビンに降りる。ベッドに座らせて、ミネラルウォーターを開栓して手渡した。二口だけ飲んで、唇から離す…濡れた唇に吸い寄せられそうになる。
「あ、りが…と」
まだ涙は止まらない。受け取ったペットボトルを飲み干した。
「いくら泣いたっていい…俺がいてやる。目一杯泣いたら、また笑え」
罪の意識、気の迷い、口封じ、同情、償い…その台詞にいろんな言葉が思い付いた。
ハワイから戻ったら、何とかして甲斐征志郎の家を出よう。お父さんたちを遺言通り還せたから、あの事故の日の事…ホントは自殺しに出掛けたんだって。
そしたら拍子抜けして簡単に追い出してくれるかも知れないし。生命保険だけじゃなくて賠償金とか慰謝料までもらってるから生活には困らないし、それに働くつもりもあるから。
だから…甲斐征志郎から離れても大丈夫。生活に慣れるまでちょっと辛いだけ。お荷物がいなくなって清々するね、きっと。
「大、丈夫…もう、へ…ぇき…だから…」
「…傍にいる…俺が誰より近くにいる……」
大きな掌で両頬を包まれて、親指で涙を拭いながら見た事がないくらい真剣な表情で告げられた。償いで同情で、仕方なく居てくれて言ってくれるってわかってるのに…苦しいよ…。
リアは初めから俺の差し出した手を素直には取らなかった。親の敵と言えばそれまでだが、どこか距離を置こうとされているのがわかる。
俺が縮めたがっている距離をリアは広げたがっているのか?親の敵の世話になるつもりはないから?
「リア」
世話がしたいわけじゃない。償いでもないが、その気持ちがないわけでもない。
ただ傍に…誰よりも近くで触れていたい。欲を言えば俺だけのリアに……。
掌に包んでいた両頬を引き寄せて、触れるだけのキスをした。硬直したリアの緊張や驚きを解すように、啄むようなキスを何度も繰り返した。
いつしか見開かれた瞳は閉じられ、ベッドにそのまま押し倒すと深く深く奪い尽くすように貪った。すべらかな肌や腕にしか感じられなかった柔らかさを掌や舌で堪能しながら、俺は酷く満たされていた。
何度も呼べば、しがみつく腕がそれに応える。いとしくて、いとし過ぎてどうしてくれようかと思うほど、リアを想っている。
泣き疲れたリアを腕に抱く。初めて抱き締めて起きたのは、まだ今朝の事だ。
「リア」
「…んっ」
見上げたその唇に口付ける。俺を拒否されなかった…その事実が俺を何より安堵させる。リアの両親を還したすぐ後だと言うのに、俺とリアは溺れてしまった。
俺はリアに、リアは流された…と言うべきかもしれないが、それでも俺は構わない。結果的に拒否されなかった事だけで、三年が報われるような気がしたからだ。
「リア、朝まで少し寝よう…帰国を早めて明日の夜、発つ」
「ん」
小さく返事をしたリアを抱き込んで、暫くして寝息が聞こえるまで…、俺はリアの温もりを感じながら髪を撫で続けた――。
デザートやフルーツもたくさんあるし、珍しい料理も多いの。
今朝七時くらいに起きたら、もう甲斐征志郎はシャワーを浴びてていなくて…。そりゃ彼女と間違えてこんな比べものにもならない子供がいたんだから、彼女に悪くてすぐ離れるに決まってるよね。
しれっとした顔で澄ましてコーヒー飲んでる姿も、いつものスーツじゃなくてスラックスにラフな感じのシャツスタイルでも、周りの女の人からはうっとり見つめられてる。私はきっと妹か何かにでも見られてるよね…。
「昼から海に出るぞ。日焼け止めは持って歩け。あと、一晩分の荷物もな」
「一晩分?」
「今夜は海の上だ」
あ…もしかして気を遣ってくれてる?お父さんたちを還してすぐバイバイじゃなくて、少し一緒にいさせてくれるって事?
「うん、わかった」
「衣料品以外のものは揃ってる。ベッドも食料もな」
刺すような日差しの中、マリーナから沖を目指す。ダイヤモンドヘッドを遠く視界に留めながら、デッキでリアは二つの骨箱を抱えていた。
クルーザーに乗った途端にぱったりと口を利かなくなったのは、未だ拭えぬ悲しみのせい。リアをデッキに残してキャビンに降りた。ベッドメイクをし、軽食の用意と夕食の下拵えを始める。
自慢じゃないが一人暮らしが長いせいか自炊は得意だ。ハウスキーパーを呼び始めたのはリアがくる事が決まってからの事。それまでは全て自力でやっていた。
軽食のトレイを手にデッキに上がると、リアは二つの骨箱をさも愛しげに撫でながら見つめていた。その視線の先にいるのが俺ではない事に苛立ちに似た焦燥を覚えた。
「リア。軽く食っておけ」
四人分のベーグルサンドに、リアは泣きそうな顔で微笑んだ。
その後、何時間もリアは骨箱を抱えたまま座り、撫でながら見つめ続けた。
リアが動きを見せたのは夕暮れ時。陽が沈もうとしているオレンジの空に向けて、骨箱を開き、骨壺を取り出した。
大切そうに腕に二つを抱え、その手に灰を掴み、空へ海へ還していく。
陽が沈み切り、暗くなったデッキで、手に残った灰を握り締めて、リアが…初めて声を上げて泣いた。
居ても立ってもいられずに、俺はリアに駆け寄って震える躯を抱き締めた。縋るものを失ったリアは俺に身を任せ、ただ泣き続けた。
陽が落ちてあたりが暗くなり、月明かりと星の瞬きだけが辺りを照らす。小さな躯はまだ震えていた。
「…落ち着いたか?」
「んっ…うん……」
「何か飲むか?」
「ん」
「キャビンに用意してある。おいで」
手を取ってキャビンに降りる。ベッドに座らせて、ミネラルウォーターを開栓して手渡した。二口だけ飲んで、唇から離す…濡れた唇に吸い寄せられそうになる。
「あ、りが…と」
まだ涙は止まらない。受け取ったペットボトルを飲み干した。
「いくら泣いたっていい…俺がいてやる。目一杯泣いたら、また笑え」
罪の意識、気の迷い、口封じ、同情、償い…その台詞にいろんな言葉が思い付いた。
ハワイから戻ったら、何とかして甲斐征志郎の家を出よう。お父さんたちを遺言通り還せたから、あの事故の日の事…ホントは自殺しに出掛けたんだって。
そしたら拍子抜けして簡単に追い出してくれるかも知れないし。生命保険だけじゃなくて賠償金とか慰謝料までもらってるから生活には困らないし、それに働くつもりもあるから。
だから…甲斐征志郎から離れても大丈夫。生活に慣れるまでちょっと辛いだけ。お荷物がいなくなって清々するね、きっと。
「大、丈夫…もう、へ…ぇき…だから…」
「…傍にいる…俺が誰より近くにいる……」
大きな掌で両頬を包まれて、親指で涙を拭いながら見た事がないくらい真剣な表情で告げられた。償いで同情で、仕方なく居てくれて言ってくれるってわかってるのに…苦しいよ…。
リアは初めから俺の差し出した手を素直には取らなかった。親の敵と言えばそれまでだが、どこか距離を置こうとされているのがわかる。
俺が縮めたがっている距離をリアは広げたがっているのか?親の敵の世話になるつもりはないから?
「リア」
世話がしたいわけじゃない。償いでもないが、その気持ちがないわけでもない。
ただ傍に…誰よりも近くで触れていたい。欲を言えば俺だけのリアに……。
掌に包んでいた両頬を引き寄せて、触れるだけのキスをした。硬直したリアの緊張や驚きを解すように、啄むようなキスを何度も繰り返した。
いつしか見開かれた瞳は閉じられ、ベッドにそのまま押し倒すと深く深く奪い尽くすように貪った。すべらかな肌や腕にしか感じられなかった柔らかさを掌や舌で堪能しながら、俺は酷く満たされていた。
何度も呼べば、しがみつく腕がそれに応える。いとしくて、いとし過ぎてどうしてくれようかと思うほど、リアを想っている。
泣き疲れたリアを腕に抱く。初めて抱き締めて起きたのは、まだ今朝の事だ。
「リア」
「…んっ」
見上げたその唇に口付ける。俺を拒否されなかった…その事実が俺を何より安堵させる。リアの両親を還したすぐ後だと言うのに、俺とリアは溺れてしまった。
俺はリアに、リアは流された…と言うべきかもしれないが、それでも俺は構わない。結果的に拒否されなかった事だけで、三年が報われるような気がしたからだ。
「リア、朝まで少し寝よう…帰国を早めて明日の夜、発つ」
「ん」
小さく返事をしたリアを抱き込んで、暫くして寝息が聞こえるまで…、俺はリアの温もりを感じながら髪を撫で続けた――。