ただ、名前を呼んで
「出会う前って、どういうことですか?」
「カスミは拓郎君の事を知らないと言うんだ。」
父を知らないだって?
あんなにも父の名前を呼び、父だけを見ていたのに。
昨日、「行かないで」と泣いていたのに。
「ただね、拓郎君の名前には反応するんだ。」
「え?」
「嫌がるんだ、苦痛に顔を歪めてね。」
母の時計は確実に再び動き出している。
だけど母自身が、それを拒否しているんだ。
母は、失った時間を取り戻すことを怖がっている。