ただ、名前を呼んで

今まで聞いた事もないくらい滑らかに会話する母。

そんな母の口から出たのは、やはり父の名だった。

母は一度は拒絶した父の記憶を、もう一度呼び戻したのだ。


母が魂から愛していた父。
心が壊れても、記憶が戻っても、母が求めるのはいつも父なんだ。


僕が黙ってしまうと、すこし気怠げに母がゆっくりとこちらを向いた。

そして中まで見透かしそうな瞳で僕を見る。


「……拓郎?」


ドキリとまた胸が騒ぎ、手の平に汗が滲む。
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