ただ、名前を呼んで
何て言えば良いのだろう。
僕を拒絶する可能性のある母の前で、僕は『誰』になれば良いのだろう。
ドキドキと騒ぎたてる心臓をひっそりとなだめる。
少し目を伏せて僕は呟く。
「違うよ。拓郎さんは、来ないよ。」
顔を上げるのが怖かった。
言葉の意味を理解したなら、母はきっと悲しむから。
何の返事も聞こえないので、不安になってゆっくりと顔を上げる。
すると母は泣いていた。
眉を寄せ、目はぼんやりと開けたまま、ただ涙を溢れさせていた。