ただ、名前を呼んで


父を思い出し始めた母に会うことは出来ない。

父の面影を纏うこの顔が邪魔をするんだ。

だけどもう、これっきりかもしれないから。

僕は一度、太陽の下で光に照らされる母を見てみたいと思った。


施設のそばのさびれた本屋の前まで来ると、タクシーの横に立つ内藤さんが見えた。

僕は本屋の陰に隠れてそっと様子を窺う。


しばらくすると内藤さんの奥さんが現れた。

柔らかそうな白いワンピースを着た母の手を引きながら。
< 205 / 234 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop