ただ、名前を呼んで
父を思い出し始めた母に会うことは出来ない。
父の面影を纏うこの顔が邪魔をするんだ。
だけどもう、これっきりかもしれないから。
僕は一度、太陽の下で光に照らされる母を見てみたいと思った。
施設のそばのさびれた本屋の前まで来ると、タクシーの横に立つ内藤さんが見えた。
僕は本屋の陰に隠れてそっと様子を窺う。
しばらくすると内藤さんの奥さんが現れた。
柔らかそうな白いワンピースを着た母の手を引きながら。