ただ、名前を呼んで
僕はその場から動けないまま、穏やかな母の姿を見つめていた。
駆け寄りたい気持ちを必死に堪えながら。
しばらくして母は窓から入り込む初夏の日差しに、自らの右手を透かした。
「たく……。」
心臓がバクンと大きく跳ね上がった。そしてそれを合図に僕の中の血液が大行進を始める。
ドッドッドッ
息苦しささえ覚えた僕はぐっと胸を押さえる。
母が初めて言葉らしい言葉を発したんだ。
『たく』って……