ただ、名前を呼んで

母が発した『たく』って言葉は、何を意味しているのだろう。

言葉であるのかさえ曖昧な、まるで音のような一言。

それが僕の名前であれば良いのに……。そう思わずにはいられなかった。


母は透かした手を膝に戻し、再び窓の外に目をやる。


「たく。」


また聞こえた、小さな音。

呟きのような、歌のような母の独り言。

頭の中では色々な思いが駆け巡る。目の前の世界が歪む。

歪みだした世界の中でさえ、母の姿ははっきりと浮かんでいた。
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