Love at first sight.
1
行きつけのカフェ【フェイバリット】に彼女が来たのは二週間前。近隣の系列店から異動してきたらしい。
【K.Sagami】の黒いネームプレートには社員の証、シルバーの小さく丸いステッカー。
俺の高校時代のツレが店長をやってるってだけで何となく通っていたが、彼女が来てからは彼女目当てに通うようになっている。彼女は柔らかい笑顔で接客するせいか、最近は常連客が増えた気がする。
「いらっしゃいませ、お疲れ様です」
出勤前と仕事帰りにスーツ姿で立ち寄るのを覚えてくれたのか、見かけると俺には【お疲れ様】と言ってくれる。オーダーはいつも同じコーヒー。言わなくてもわかる。
「チケットお預かりします。いつもありがとうございます」
「あとパストラミビーフとクリームチーズのベーグルサンドも」
「はい、ありがとうございます。ベーグルは席までお持ちしますね」
「ありがとう」
灰皿を手に喫煙席のあるスペースに入り、まずは煙草に火を点ける。紫煙を吐き出して一息付くとコーヒーを一口含む。俺の憩いの一時だ。
「お待たせしました、ベーグルサンドです」
「ああ、ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ」
彼女の笑顔に癒されながら、黒胡椒の効いたベーグルサンドにかぶりつく。
喫煙スペースはガラス張りで、俺が座るカウンターからは彼女が見える。この時間が一番の癒し、楽しみ。彼女の姿を見ると学生やってた頃に戻ったような新鮮な気持ちになれた。
三十も越えて両親からは結婚の話も出るようになった。口うるさく言われる度に簡単に言うなと言いたくなる。見合いで結婚した両親は俺に見合いをしろとは言わないが、恋人が出来ないのは俺に問題があると思っているらしい。
言って悪いが、俺は恋人に不自由しても女に不自由はしていない。バックボーン目当てに俺に集るうるさい女には全く興味がないだけだ。
「やはりこちらでしたか」
「…お前か」
「木下さんに確認の連絡を入れたらこちらだと聞きまして」
木下は【フェイバリット】の店長を務める俺の同級生、俺を捜していたこの男は俺の秘書兼目付役の苅谷。
「社長、そんなに彼女を気に入っていらっしゃるなら、デートにでも誘われたら如何ですか?」
「…うるさい」
呆れ半分に溜息をつきながら俺の隣のスツールに腰掛ける。すると彼女がトレイに店内用のマグと小さな紙コップを持って、喫煙スペースに来た。
「モカラテ、ローファットです」
「ああ、すまないね」
「よろしければこちらもどうぞ」
俺たちの前に紙コップを置いた。
「来週新発売になる今期の冬向けのブレンドです。深みがあって香りもいいので、ブラックでもフレーバーを足してもおいしいんです」
紙コップを手に取ると鼻先には芳醇な香り…口に含めばその香りは口腔から鼻に抜けるよう。
一杯ずつ丁寧にドリップされるせいか、雑味を一切感じさせない。
「…ああ…旨いな…香りが堪らなくいい」
「そうですね、香しさが鼻に抜けていくような…」
「来週の月曜日から店内でも販売しますので、よければ是非」
「来週が楽しみだ」
彼女自身も気に入っているせいなのか、嬉しそうに微笑んだ…その笑顔に目眩がしそうだった。
「さすが常連ともなると先行して試飲までさせてくれるんですね」
「そうだな…」
「デートに誘うくらいなんですか、社長なら簡単な事ではありませんか」
「親父やお袋みたいな事を言うな」
「事実でしょう?」
「彼女は別格だ」
「左様ですか。車を待たせてあります。ご自宅へお送り致します」
苅谷に急かされて俺は席を立つ。マグと灰皿を手に。
「お持ちします」
「いらん」
喫煙スペースを出て、返却用カートにマグを乗せ、吸い殻を捨て口に捨てる。
「恐れ入ります。またお待ちしてます」
【K.Sagami】の黒いネームプレートには社員の証、シルバーの小さく丸いステッカー。
俺の高校時代のツレが店長をやってるってだけで何となく通っていたが、彼女が来てからは彼女目当てに通うようになっている。彼女は柔らかい笑顔で接客するせいか、最近は常連客が増えた気がする。
「いらっしゃいませ、お疲れ様です」
出勤前と仕事帰りにスーツ姿で立ち寄るのを覚えてくれたのか、見かけると俺には【お疲れ様】と言ってくれる。オーダーはいつも同じコーヒー。言わなくてもわかる。
「チケットお預かりします。いつもありがとうございます」
「あとパストラミビーフとクリームチーズのベーグルサンドも」
「はい、ありがとうございます。ベーグルは席までお持ちしますね」
「ありがとう」
灰皿を手に喫煙席のあるスペースに入り、まずは煙草に火を点ける。紫煙を吐き出して一息付くとコーヒーを一口含む。俺の憩いの一時だ。
「お待たせしました、ベーグルサンドです」
「ああ、ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ」
彼女の笑顔に癒されながら、黒胡椒の効いたベーグルサンドにかぶりつく。
喫煙スペースはガラス張りで、俺が座るカウンターからは彼女が見える。この時間が一番の癒し、楽しみ。彼女の姿を見ると学生やってた頃に戻ったような新鮮な気持ちになれた。
三十も越えて両親からは結婚の話も出るようになった。口うるさく言われる度に簡単に言うなと言いたくなる。見合いで結婚した両親は俺に見合いをしろとは言わないが、恋人が出来ないのは俺に問題があると思っているらしい。
言って悪いが、俺は恋人に不自由しても女に不自由はしていない。バックボーン目当てに俺に集るうるさい女には全く興味がないだけだ。
「やはりこちらでしたか」
「…お前か」
「木下さんに確認の連絡を入れたらこちらだと聞きまして」
木下は【フェイバリット】の店長を務める俺の同級生、俺を捜していたこの男は俺の秘書兼目付役の苅谷。
「社長、そんなに彼女を気に入っていらっしゃるなら、デートにでも誘われたら如何ですか?」
「…うるさい」
呆れ半分に溜息をつきながら俺の隣のスツールに腰掛ける。すると彼女がトレイに店内用のマグと小さな紙コップを持って、喫煙スペースに来た。
「モカラテ、ローファットです」
「ああ、すまないね」
「よろしければこちらもどうぞ」
俺たちの前に紙コップを置いた。
「来週新発売になる今期の冬向けのブレンドです。深みがあって香りもいいので、ブラックでもフレーバーを足してもおいしいんです」
紙コップを手に取ると鼻先には芳醇な香り…口に含めばその香りは口腔から鼻に抜けるよう。
一杯ずつ丁寧にドリップされるせいか、雑味を一切感じさせない。
「…ああ…旨いな…香りが堪らなくいい」
「そうですね、香しさが鼻に抜けていくような…」
「来週の月曜日から店内でも販売しますので、よければ是非」
「来週が楽しみだ」
彼女自身も気に入っているせいなのか、嬉しそうに微笑んだ…その笑顔に目眩がしそうだった。
「さすが常連ともなると先行して試飲までさせてくれるんですね」
「そうだな…」
「デートに誘うくらいなんですか、社長なら簡単な事ではありませんか」
「親父やお袋みたいな事を言うな」
「事実でしょう?」
「彼女は別格だ」
「左様ですか。車を待たせてあります。ご自宅へお送り致します」
苅谷に急かされて俺は席を立つ。マグと灰皿を手に。
「お持ちします」
「いらん」
喫煙スペースを出て、返却用カートにマグを乗せ、吸い殻を捨て口に捨てる。
「恐れ入ります。またお待ちしてます」