Love at first sight.
11
俺が呉羽を想う気持ちにかわりはない。…だが…こんな近くに俺の嫉妬と羨望の対象がいるとは思いもしなかった。
あれ以来…手を出さなかったのは、俺の本当の姿を…余裕なく無理を強いる獣じみた本性を晒したくなかったから。
あの後…一度も呉羽を見れなかったのは、醜く嫉妬する俺に気付かれたくなかったから。
五日…連絡出来なかったのは、やはり俺とは付き合えないと言われる事を…恐れたから――。


酷く後悔している…あの後すぐに呉羽に会わなかった事を。店に顔を出す事も出来ず、通りの反対側から遠目に様子を窺う事しか出来なかった。
声を…ぬくもりを…呉羽を感じさせる何かを少しでもいいから取り戻したかった。
それが仕事に影響を及ぼし始めるに時間はいらなかった…。何もかもがうまく行かず、空回りばかりしている。
この五日、今日こそは完璧に仕事を終えて呉羽に会うのだと意気込めば意気込むだけ、うまく行かなかった。

漸く五日目に定時には自宅に向かって車を走らせていた。今日は店に姿がなかった…となれば呉羽は休み。ゆっくり話が出来るだけの時間はある。
この手に掴まなければ…しっかり呉羽を。俺から離れられないように、大切に。
呉羽の為にきちんと手順を踏んで…呉羽に好きだと伝えて…軽い気持ちで躯だけ簡単に欲しいわけじゃない。
初めて呉羽を抱いてから、呉羽は目に見えて何か不安を抱えているように思えた。呉羽は決してその実を明かさない…俺がそれを消してやれるなら…呉羽の為に何だってする。

車内で強く決意し、仄かな期待をしながら部屋に戻る。もしかしたら…呉羽はいてくれるのかもしれない…手料理と共に俺を待っていてくれるかもしれない、と。
エレベータが部屋のある階に止まっている事で期待は高まった。箱がやけにゆっくりに感じる。

足早に部屋に向かう廊下で部屋の方から会いたくて堪らなかった姿が…。
抱き止めようとしたが、軽くぶつかっただけで俺に気付きもせずに腕をすり抜けてしまう。

「呉羽っ」

呼んでも気付かずエレベータに向かって走って行く。

「呉羽!呉羽待て!」


追いかけたが一瞬追いつかず、箱は閉められてしまった…。急いで部屋に戻る。呉羽を追う為に何が呉羽にあんな顔をさせたのかを確かめる必要があったからだ。

見慣れないハイヒールを確認し、リビングに向かう。テーブルには暖かみを感じさせる事なく整然と並べられただけのグラスや食器…うちのものだが……。

「省吾!おかえりなさぁい、夕食待ってたのよ?フレンチ好きでしょ?」
【おかえり…なさい、巽さん。勝手に冷蔵庫とか食器棚とか…開けちゃったけど、いつもご馳走になるお礼になればと思って…】

キッチンのゴミ箱には呉羽に用意した真っ白なエプロンや、呉羽が買い揃えた食材が無造作に放り込まれていた。

「何故ここに入れた」
「叔父様のマンションだもの。省吾と付き合ってるって言ったら鍵をくれたわ」

呆れた大家のマンションに住んでいる自分に失望と共に怒りがこみ上げる。それ任せにクロスを掴んで引っ張る。

「省吾!?省吾っ!何するのよ!?」

耳障りな音を立てて陶器やガラスの破片や料理がフローリングを汚した…呉羽が掃除してワックスをかけてくれたのにな…。

女を放置して寝室に向かい、スーツケースに衣類や貴重品を詰める。靴も何足か入れて、何とか二つに纏めた。

「どこ行くの!?省吾!ねぇったら!!」

腕にまとわりつく女を振り払い、車のキーを手に部屋を出た。
呉羽…まだ会いたいと思ってくれるか?そんな顔をしたのは…あの女と付き合ってると思ったから…嫉妬、した?


呉羽の部屋に向かうと、部屋に明かりは点いていなかった。五日ぶりに携帯に電話をするが、留守録にすらならない。

玄関に立ち、インターホンを鳴らすが反応はない。何度か粘ったがやはり変わらず、ひとまず車に戻り苅谷に連絡を入れた。

『相模さんと何かありましたか?』

開口一番その台詞。お見通しだと言わんばかりの態度に苛立つが、それどころではない。

「今のマンションを即日引き払う。手続きを頼む…大家は個人の生活も守れないらしいからな」

苅谷に先程あった事を話すと、弁護士を通して話を進めると言った。

「それからいい建築デザイナーを紹介してくれ。賃貸や分譲マンションに住むのはやめる…建てる事にした」
『わかりました…明日、社に呼びます。工期は?』
「二ヶ月以内だ。デザインは明日中に決める」
『手配します。それまではどちらに?』
「…望み薄だが一カ所、当たってみる…それがダメならホテル暮らしをするだけだ」
『健闘を心からお祈りしますよ』

電話を終えて、呉羽にメールを打つ。
これで連絡をもらえなかったら…俺は諦めなければならないのか……?

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